第15話 分断
暗い地下通路の天井から湧水が滲み出ているのか、どこかから水滴が落ちる音が鳴る。テセウス達がベルクセス王達と会った隠し部屋から、さらに奥へと進む通路があり、一行はその狭い道を歩いている。
「本当にこれがアルタポリスへの近道なんだろうな?」
ソーマが言う。ホズとの闘いで負傷していたが、ファールスの村長ザリに詳しく見てもらうと骨折などの重い怪我はなく、薬草と休養によって自分で歩けるほどに回復していた。
「間違いはない。私の頭には地図がしっかりと入っている」
ベルクセス王の側近、ウィシュターが答える。地上でジャハールの手下に見つかることを避けるため、テセウス達とベルクセス王とこのウィシュターは地下の隠し通路からアルタポリスへと向かっていたのだ。
「おばあさんは置いて行って良かったのかしら」
アリンダが心配そうに言った。
「大丈夫だ。ザリには村長としてやってもらうことがある。それに敵陣への潜入は少数精鋭の方がよい」
「ゲリラ戦の心得ってやつか…」
ウィシュターの受け答えにソーマが反応する。テセウスが持っている
「ねぇ、王様は宝物の
ふと思い出したようにテセウスがベルクセス王に言った。
「お前!王に対する口の利き方に気をつけろ!」
ウィシュターが怒ったが、その注意を遮るよにベルクセス王は手を挙げて言った。
「よい。我々は仲間。格式はしばらく忘れるとしよう。テセウスと言ったな。そうだ。私が携えている」
そして王は自分の腰に括り付けてある皮の袋を指差した。
「そうなんだ!」
「見たいか?テセウス」
「え!いいの?見てみたい!!」
2人のやりとりにウィシュターが発言する。
「王!みだりに宝をひけらかすのはおやめください!また、油を売っている時ではありません!」
「ウィシュター、そう頭に血を昇らせるな」
王は冷静に受け流し、続ける。
「これから命懸けの闘いを共にする仲間に、我々が守りたい物を見せて何が不都合か。万が一私が倒れても、この漆胡瓶は奪われぬよう、現物を記憶してもらうことは必要なことだ」
言うと、ベルクセス王は足を止めて皮の袋を開き始めた。テセウス達はその様子を見つめる。
皮の袋をから取り出された水差しは高さがおよそ40cmほどのものだった。底には自立するような台があり、その上に水を入れておく空間が丸く膨らんでいる。そこから上へと細く首が伸びて、水の注ぎ方は鳥の嘴のような形をしている。それは水鳥が首を高く伸ばし、
工芸品に疎いテセウスやソーマにあってしても、なるほど素晴らしい一品だな、とその豪華でありながらも慎ましく凛とした雰囲気に息を飲んだ。
「これはな、ただの伝統工芸品ではないのだ」
ベルクセス王がそっと語り始めた。
「遥か昔、サーサーン朝の頃に作られて以来この漆胡瓶にはアルダシール様の魂が宿るとされて祀られていたのだ」
「アルダシールとは…サーサーン朝の始祖か」
ヴァロが思い出したように言った。
「その通り。我々ペルシアの者は皆、アルダシール様の末裔なのだ。これは我々の御守りであり心の拠り所なのだ。だからこの漆胡瓶は必ず守らなければならない。何に代えても」
そう言うと、ベルクセス王は漆胡瓶をもとの皮の袋に入れ自分の腰に戻した。
「ありがとう!王様!綺麗な水差しだね!」
テセウスがそう言うと、ベルクセス王は笑顔になり歩き始めた。皆が後から続く。
だがソーマは不満そうだった。テセウスはそれに気づき、話しかけた。
「ソーマどうしたの?怪我が痛むのかい?」
「いや、大丈夫だ。少しずつ治ってきている。それよりも今の話…」
その時、びゅうと強い風が吹き込んだ。テセウスの持っている松明の火が大きく揺れた。
気がつくと目の前に行き止まりの壁があった。どうやら隙間がありそこから風が吹き込んだようだ。
ウィシュターがテセウス達に向かって言う。
「ここから先が神殿アルタポリスである。この隠し扉を蹴破って行く。覚悟は良いか?」
テセウス達は全員静かに頷いた。ウィシュターがそれを見て、壁を強く蹴った。
バーンという音とともに錆びた鉄の扉が外れて床に倒れた。ウィシュターが辺りに注意しながら神殿に踏み入れる。
「大丈夫だ。見張りの者もいない。来い!」
一行は神殿へと進んだ。どうやら廊下らしい通路である。
ウィシュターの案内のもと、一行が進むとアーチ型の両開きの扉が現れた。ここからジャハールが居るとされる最深部へ続いているらしい。
扉を開けようとするウィシュターの手が震えているのを見て、ヴァロが言った。
「若いの、無理するな。まずわしが行こう」
気後れするウィシュターをよそに、ヴァロが扉を開けた。奥には上へと続く階段がある。そこへヴァロが踏み入れ、次にベルクセス王が続く、そしてソーマが敷居を跨いだ時だった。
ゴゴォ…ゴゴゴ…
急に神殿に揺れが走った。と同時にガラガラガラガラっと音が鳴り、扉の周辺の天井や壁が崩れ始めたのだ。
罠か!と考える間もなく瓦礫は崩れ落ちてくる。ヴァロ、ソーマ、ベルクセス王は避難するため扉の奥へ駆け出した。ヴァロが叫ぶ。
「テセウス!生きてまた会おう!」
「分かった!」
テセウスは答えるとアリンダ、ウィシュターとともに扉から離れ今来た道を引き返すように駆け出した。
しばらくして建物の崩壊は収まったらしい。先ほどの扉の周辺だけ崩れたようだった。幸い怪我人はいない。テセウスら3人はほっとした。
しかしそれは束の間だった。彼らは気づいたのだ。大きな弓矢を持った戦士が目の前の暗闇からこちらを睨みつけていることに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます