第13話 決断
「お前、今なんと言った!」
ウィシュターが語気を強めた。
「断る。と言った」
ヴァロは淡々と答える。
ウィシュターは立ち上がり、アキナケスを抜いた。切っ先をヴァロへ向ける。
「ザリから申されたこととは言え、これはベルクセス王の頼みだぞ。それをお前!断るというのか!」
「何度も言わせるな。それと、
「こいつ!無礼者!!」
ウィシュターがアキナケスを振り上げ、ヴァロへ向かって切り下げた。本当に一撃喰らわせる様子である。
しかし、振り下ろされた刃がヴァロに届くことはなかった。
「何!?」
ウィシュターがアキナケスを振り下ろした刹那、ヴァロは自分が羽織っているマントを前方へ広げた。マントがアキナケスに絡み巻きついた瞬間、ヴァロはそのマントを自分の背の方へ引いて投げた。
「あっ!」
アキナケスはマントに絡み取られマントごと部屋の隅に落ちた。一瞬のことでウィシュターは唖然としたが、ふと異変に気づいた。
自分の目の前でマントを広げたヴァロの姿がない。ウィシュターは左右を見渡した。
その時、背後から首を掴まれた。
「貴公が探しているのは、わしかな?」
ヴァロが右手でウィシュターの首を掴んでいる。言うまでもなく先程からの一連の動作は1秒足らずの出来事である。
ウィシュターは額に汗を浮かべた。言葉が出ない。
すると、
「…非礼を詫びる。アレクシウス殿。どうかお許し願いたい」
ベルクセス王が謝罪の弁をヴァロへ発した。
ヴァロはそれを聞き、右手をウィシュターの首から離した。ウィシュターは腰が抜けてへたり込んだ。
「なぜわしの名を?」
ヴァロは王へ顔を向ける。
「ホズ倒す実力、そのブロードソード…そして何より、
ベルクセス王は思い出した様に言った。
「もしや、貴公も戦場にいたのか?」
「ああそうだ。当時は父が国王として指揮を取っていたがな」
「そうであったか…」
ヴァロは少し考え込んだ。
「ねえ、2人は知り合いなの?」
テセウスが緊迫した空気を和らげるような声でヴァロに言った。
「そうだな…戦争をしていた頃、敵同士だったということだ」
ヴァロは重々しい表情をしている。
「今は?」
テセウスは問いかける。
「今…」
ヴァロが言葉に詰まったとき、
「今は、これから始まるところである」
ベルクセス王であった。テセウスが王へ顔を向ける。
「過去のことを水に流すことは容易ではないが、互いに痛みは和らぐはず。だから、以前とは違う方法で始めようとしているのだ」
「そっか!それならきっと上手くいくね!」
テセウスの笑顔にベルクセス王も、ヴァロも強張っていた表情が緩んだ。
ベルクセス王はしっかりとした眼差しでヴァロを見た。顔に幾重も皺があり、残った頭髪も髭も白い老体であるが、所作から風格が漂っている。
「アレクシウス殿。先ほどの頼みだが、なぜ断られるのか」
ヴァロもまた、しっかりと王を見て答える。
「…恐れ入るが国に仕えることは辞めたのだ。政に寄るには自分は未熟過ぎる。それは王もご存知の戦争のとおり。わしは無知ゆえに多くの罪なき人を葬ってしまった」
「しかし、アレクシウス殿はジャハールを倒そうとお考えであろう?」
「それは、このソーマとアリンダの望みを叶えるためだ。またジャハールは危険な男、放っては置けない」
王とヴァロのやりとりを見ていたテセウス達は、ヴァロの頑固な一面を意外に感じていた。
王は少し考えて言った。
「では、これはどうだろう。我々がアレクシウス殿に協力する。ジャハール討伐のための共同戦線を張ると言うのは?」
「王!それは謙譲し過ぎです!」
ウィシュターが遮る様に発言した。
「口を慎みなさい。他に手は無いのだ。ジャハールを確実に倒すために」
王が自分に言い聞かせる様に言った。
ヴァロは考えている。部屋には沈黙が訪れた。ヴァロの思考は誰にも分からない。過去のことか、未来のことか。
すると、ヴァロは王へ問いかけた。
「ベルクセス王よ。もしジャハールを討伐出来たら、わしの頼みを1つ聞いてもらえないか」
「私に出来ることなら、必ず承ろう」
「その言葉、信じよう。共同戦線の提案をお受けしたい!」
「おお!そうであるか!!有難い!」
王をはじめ、その場の一同がホッとした瞬間であった。
テセウスがヴァロに近づき言った。
「ヴァロ、悩んでたみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫だ。わしも"これから始める"ことにするよ」
その言葉を聞き、テセウスは笑顔になった。
今、このとき、元十字軍最強の剣士とペルシア王国が手を組んだ瞬間であった。
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