第12話 隠家

 老婆は無言でその階段を降り始めた。

 テセウス、ヴァロ、ソーマ、アリンダは顔を見合わせた。

「やはりあの者、ただの農民ではなさそうだ」

「行ってみる…しかないわね」

 4人は意を決して老婆の跡を追った。テセウスが最後に踏み込んだ時、老婆から切り株で入り口を隠すように、と言われた。

 日光が遮られると老婆は松明に火をつけた。階段はやがて終わり横へと延びる通路となった。背中を丸めずとも歩けるが、横幅は狭く、人1人すれ違うのがやっとという感じである。

「お婆さん、この道はどこへ続いているの?」

 テセウスが問いかける。

「手前どもの大事な場所へさ」

 老婆が答える。

「もう少しで分かろうよ。またその童子の手当ても出来るからの」

 先頭で振り返らずに話すため、表情は分からない。しかし優しそうな声だと、テセウスは感じた。

 四半時ほど歩いただろうか。ヴァロは周辺の変化を感じていた。通路が石で舗装されている。また壁にも煉瓦が敷き詰められている。当初は鉱山の採掘に使われる横穴と言った印象だったが、今は違う。

これは、

(城の地下通路のようではないか)

 そう思っていたところだった。突然老婆の前に扉が現れた。扉の中央には獅子が輪を咥えた形を模した鉄のノッカーが取り付けられている。老婆がそれを使い3回ノックをした。


「誰だ!?」

 すると扉の中から若い男の声が聞こえた。

「ファールスのザリでございます」

 老婆が答えると、

「何用だ!」

 男は問う。

「ホズを倒した剣士をお連れしました。此度の危機を撃退すべく、どうぞお目にかかられたい」

 間があった。見極めているようだ。

「……シュトラ」

 再び男性が言った。

 老婆は呼応するように答える。

「マズダー」

 すると中で男が他の者と2、3会話する声が聞こえた後、扉が開かれた。

「よかろう!入れ!」


 そこには鉄の鎧を銅に纏った兵士が立っていた。腰にはペルシアに伝わる剣"アキナケス"が携えられている。服装にも気品があり、位の高い兵士であることが見て分かる。

 扉の中は広い部屋であった。二十坪はあるだろうか壁に煉瓦が敷き詰められており、床は石畳の上に絨毯が敷かれている。城の客間のようである。4人は部屋の立派さに見惚れていたが、

「!?」

 ソーマとアリンダは何かに気づいたらしく、突然驚いた顔をした。テセウスはそれを感じ、2人が見ている方向に目を向けると部屋の奥の腰掛けに何者かが座っている。

 ソーマとアリンダはひざまずいた。老婆は部屋に入った直後から同じ方向へ向いて屈んでいる。

「こら!その剣士と少年!!早く膝をつけないか!」

 テセウスとヴァロは兵士から怒鳴られた。

「なぜ?」

 ヴァロが聞く。

「ちょっとあんた達知らないの!?」

 アリンダがテセウスとヴァロに向かって言った。呆れた顔をしている。兵士もまた同様であったが、仕方ないと言った面持ちで咳払いをしてから発言した。

「よく聞くがいい。あちらはペルシアの国王、ベルクセス2世でおられるぞ!!」

「ほう」

「あの人が、ペルシアの王様?」

 ヴァロとテセウスの反応を見ると、兵士は続けた。

「そうだ!庶民が直接お目にかかるなど、平時では有り得ぬ。さあ、跪き礼を尽くせ!!」

「ウィシュター、やめよ。良いのだ」

 部屋の奥から声が聞こえた。ベルクセス王が兵士を止めたのだ。

「しかし、王!」

「今は形式に拘る時ではない。また、侵略者に虐殺を許し、王都を追われた私など最早国王にも値しない」

 ベルクセス王は立ち上がり、テセウス達に近づいた。

「顔を上げよ。よくぞ、ホズを倒してくれた。感謝する。怪我人がいるようだな、ウィシュター、薬と手当てを頼む」

 それからソーマは手当てを受け横になり、他の者は皆、車座になった。


 王の側近の兵士はウィシュターと言い、ここが古代から緊急の際に使われていた秘密の地下室であること、ジャハールから逃れるために隠れていることをテセウス達に説明した。

「でも、隠れているだけではどうにもならないのでは?」

 アリンダが言った。

「無論、機を見てペルシアを奪還する。そのためにザリに情報収集を頼んでいたのだ」

 ウィシュターがザリに目を向ける。老婆が話し始めた。

「申し遅れました。手前はファールスの村長、ザリでございます。ジャハールを駆逐くちくすべくその手掛かりを見つけるのが手前の役目」

 一呼吸置いて、ザリはヴァロを見て言った。

「剣士殿。ホズを両断したおんしの剣、神の御技とお見受けしあす。どうぞ、ベルクセス様にその御力をお貸し下さいまし」

 ザリは深々と頭を下げた。

 部屋の4隅に設置された松明や、車座の中心に置かれたランプの火が揺らめいている。その度にヴァロの顔の影も揺れ、表情が掴めない。

「残念だがその申し出、お断りする」

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