第11話 民

 テセウスは手負いのソーマと肩を組み、アリンダとヴァロと並んでファールスの街道を歩いていた。街には民家や商店、礼拝堂などがあるが、人影は見えない。


「どうやらさっきの騒ぎで民を驚かせてしまったようだな」

 ヴァロが言った。

「皆、家に入って出てこないわね…」

 アリンダも辺りを見渡してみたが、誰も表にはいない。


 それは無理もないことだった。つい半刻ほど前に、この付近で起こった戦闘の激しさは並大抵ではなかった。身長5メートルはある巨人ホズが斧を振り下ろした跡には、鷹が翼を広げたかの様な形の穴が幾つも空いていた。その一撃ごとに周囲には轟音が響いていたし、ホズの奇怪な断末魔も常人には耳を覆いたくなるものだった。


 だが、それだけではない。


 その大いなる怪物ホズを、倒した者が歩いている。しかも拮抗した戦いの中で、一瞬の機会を掴みとった風な、薄氷の勝利ではない。明らかにホズの怪力を凌駕りょうがする剣技、その実力を誰が疑えるだろうか。上には上がいる。少なくとも戦闘において、その言葉の意味を示すには申し分のない場面であった。


 その場面をファールスの民たちは決して見逃さなかった。ある者は物陰から、ある者は民家の雨戸を小指ほど開け、その隙間から目撃したのである。そして彼らにはホズを倒した剣士に対して、ほとんど共通の関心があった。


『あれは我々の味方か否か』

 である。


 ファールス、もといペルシアの人々は軟弱な民族ではなかった。古代においてはアケメネス朝がオリエント統一を果たし、エーゲ海からインダス川付近までを支配した覇者であった。その後滅亡と勃興を繰り返したが、サーサーン朝において再び同地域の覇者として君臨した。そのサーサーン朝発祥の地、それがまさにここファールスなのである。

 ファールスの民は自分達が覇者の血を引く民であることを誇っている。いや、正確には誇っていた、と表現すべきだろう。

 彼らの覇者としての誇りは今や魔術的技を使う男に打ち砕かれ、文字通り塵となった。たった1人のジャハールという男に支配され、平伏さなければ命がないのだ。


「もし、剣士殿」


 テセウス達に向かって、いや厳密にはヴァロに声が掛けられた。振り向くとそこには1人の老婆が杖に寄りかかりながら立っている。長年の畑仕事からだろうか、背中は蹴鞠けまりを入れている様に曲がっている。


「そなたはアルタポリスに向かっておるのかの?」

「そうだ、ここから遠いか?」

ヴァロが答える。

「さほど遠くありませぬ。しかし、何のためにおいでで?」

テセウス、ソーマ、アリンダに緊張が走った。この老婆はジャハールの息がかかった者ではないだろうか。しかし、

「ジャハールという暴虐者を追放するためだ」

ヴァロは堂々と言い切った。

「左様で…」

老婆は考えている。そしてヴァロを、そして他の3人の顔をまじまじと見た。そしてゆっくりと口を開いた。

「…アルタポリスに行く前に、手前に付いて来ておくんなまし。その童子の手当も賜ろう」

 そう言って、老婆は後ろを向き歩き出した。


 アリンダが言う。

「付いて行って大丈夫かしら…?もしかしたら敵の罠かもしれないわ」

「ふむ…」

 ヴァロは考える。その間にも老婆の背中はゆっくりながらもしっかりとした足取りで進んでいく。

「きっと大丈夫だよ。あのお婆さん、嘘は言ってないと思う」


 テセウスが言った。

「ソーマの手当てはどこかでしないといけないし、お婆さんに付いて行こうよ。ね、ヴァロ」

「そうだな。わしの見立てでもあの老婆、高齢にしては可能性の灯がはっきりしている。もしや人物なのかもしれん」

 4人は老婆に付いて行くと、民家を抜け、畑のあぜを通り過ぎた。街外れの川のほとりに到着したところで老婆は止まった。

「かなり歩いたわね。こっちには怪我人がいるのよ」

 アリンダが不信感をあらわにした。

 老婆は気にすることもなく、小高い丘を見つめると何かを見つけたように丘を登り始めた。4人もそれに続いて登る。

 老婆がある切り株の前に立った。するとテセウスに向かって言った。

「童子、この切り株を持ち上げてくれんか。手前には腰が痛くてかなわん」

「いいよ!やってみる」

 テセウスが素直に切り株に力を入れると、意外にも簡単に切り株は持ち上がった。


「!?」


 4人は目を見張った。切り株をどけると、地面に穴が空いており、地下へと続く階段が出現したのだ。

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