第9話 激突

 ホズと呼ばれたその大男は呼吸を荒くし、鉄の仮面で顔は見えないが、睨みつけているかのように背中を丸め、テセウス達の方へ顔を向けている。図体の大きさもさることながら、身体の傷の痕や右手が斧に改造されている様子は異様であった。


 鎧兜の兵が言う。

「ふははは!どうだ恐ろしいか!こいつは今までに反逆者を96人葬っている!お前達で丁度100人達成だ!!ははは!!」

「ふん、改造人間とは悪趣味だ」

 ソーマが短刀を構える。

「テセウス。ソーマ。注意を怠るでないぞ。この巨体の腕力、命中すればただでは済まない。アリンダ、下がっていなさい」

 ヴァロがブロードソードを構えた。アリンダは後方に下がりクロスボウを構える。


「…なんだテメェら、ホズに勝つつもりか?気に食わねえ。ホズ!!やれ!」

「グォヴァァアァアアア!!!」


 ホズが叫んだ。鼓膜が破れそうなほどの狂気じみた大声である。途端にテセウス達に向かって襲い掛かる。斧が振り落とされた。鈍い地鳴りがする。


 ズゥゥーン!!


 テセウス達は間一髪ホズの攻撃をかわしたが、斧は1メートル以上深く地面にめり込んでいる。恐らく四肢であれば切断、胴体や頭に当たっていれば即死であろう。

「すごい力だ!」

 テセウスが言う。

「体勢を立て直せ、次が来るぞ!」

 ソーマが注意喚起する。

 ホズはすぐに地面から斧を引き抜き、再びテセウス達に向かってくる。

「グォヴァァアァアアア!!!」

 テセウスが反撃しようにも、相手の剣幕の凄まじさに隙を見つけることが出来ない。

 ズゥゥーン!!

 斧が振り落とされる。テセウスは後ろに下がり、かわした。しかし、すぐにホズは斧を引き抜きまた襲い掛かろうとしている。


「ちぃっ!これじゃ埒が開かねぇ!」

 ソーマが痺れを切らし、ホズに向かって走り出した。


「ソーマ!無理をするでない!」

 ヴァロが言った。

 だがソーマは既にホズの間合いに入っていた。

「グォヴァァアァアアア!!!」

 ホズがソーマの首を刎ねようと今度は縦ではなく水平に斧を振り抜いた。風が吹く音がなる。


 ビヒュッッ!!


「いやぁ!ソーマぁあ!」

 アリンダが叫ぶ。"ソーマが切られた"そう思ったからだろう。

 しかしホズの前にソーマの姿はなかった。

「グォ、グォァァ…」

 ホズは殺したはずの獲物が見当たらず困惑している。すると鎧兜の兵が叫んだ。


「ホズゥ!!何をやっている!テメェの斧を見ろ!」

 ホズは自分が振り抜いた斧を見た。そこにソーマがいた。斧の上に立ち、短刀を構えているのだ。その山吹色の瞳が輝くと、ソーマは斧からホズの肩に跳躍し、首の中心に向かって短刀を突き刺した。

「ヴグゥォォオ!!ゴォオ…!」

 ホズが悶え苦しむ。

「うおおお!おおおお!!」

 ソーマは叫び、突き刺さっている短刀に力を込める。そして首の中心から右側まで切り裂き、振り抜いた。

 おびただしい量の血液がホズの首から噴き出した。ホズの首はもはや左半分しか繋がっていない。


「ォ…ォ…!」

 ズシィーンと音が鳴り、ホズは片膝をついた。両腕もダラんと垂れ下がる。

「やった!でかしたソーマ!」

 アリンダが後方で飛んで喜んだ。

 ソーマとテセウスの顔にも安堵の色が見えた。

「まだだ!!油断するでないっ!!」

 突然ヴァロが叫んだ。

 その時、


「キォオオォギァァアァアアア!!!」


 俄然、ホズが奇声をあげた。叫びながら立ち上がった。

「なにっ!こいつ!こんなに出血しているのに死なないのか!?」

 ソーマは困惑した。

 そこにホズの手が伸びた。ホズの巨大な左手でソーマは腕ごと胴を握り締められた。相当な握力なのだろうソーマは骨が軋むのと同時に激痛を感じた。


「うわぁぁあ!」


 ソーマは叫ぶ。何とかホズへ反撃しようと試みるが身動きが取れない。ついに、激痛に耐えかねて掴んでいた短刀を落としてしまった。

 「はははは!それ見ろ!!ホズの特異なところは怪力じゃねぇ!生命力なんだよ!!ふははは!」

 鎧兜の兵が声高に言った。

「ソーマ!今助けるからね!!」

 アリンダがクロスボウを連射した。矢はホズの胸と頭に突き刺さった。

 しかし、

「キォオオォギァァアァアアア!!!」

 ホズは叫び、体に突き刺さった矢を自分で引き抜いた。矢尻の返しがあるため、相当な肉が引き裂かれ血が噴き出したが、構うものかという態度である。

「そんな、心臓に矢が刺さったはずなのに…」

 アリンダは愕然とした。

 ホズは依然としてソーマを握り締めている。

「ははは!いいぞホズ!そのまま、そのガキを握り潰して殺せ!!」

 鎧兜の兵に呼応するかのように、ホズの手に力が入る。骨が軋む音がする。

「…ぁ…ぁあ…あ…!」

 ソーマが気を失いかけたその時だった。


 彼はぼやけた視界の中で、自分を握っているホズの腕が、膝と肩の間あたりで両断される瞬間を見た。杉の樹木の如く直径50センチ以上はあるホズの腕を、一太刀。


 翡翠の様な緑の光を瞳に浮かべ、テセウスが舞ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る