第8話 潜入

 テセウスたちはペルシアの南部へ向かっていた。日差しが強く、歩き続けることは楽ではなかったが4人は言葉を交わしながら進んだ。


「爺さん、あんたの剣、ブロードソードだろ?立派だな」

 ソーマがヴァロの背負った剣を見て言った。

「ヴァロは十字軍最強の剣士だったんだよ!」

 すかさずテセウスが言う。

 この少年にとってヴァロが自分の剣術の師であることは唯一の自慢だった。

「十字軍…ヴァロー・アレクシウスとはあなただったのね。聖戦ジハードでの活躍以降姿を消したという話は聞いたことがあるわ」

 アリンダが言った。


 ヴァロは4人の先頭を歩きながら、振り向かずにつぶやいた。

「昔のことだ…。十字軍は大義名分こそ高尚だったが、多くの犠牲を出してしまった…」

「ヴァロ…」

 テセウスが心配そうにヴァロを見る。ヴァロはそれから黙ってしまった。少し重苦しい空気に包まれた。

 その時、


「あっ!花が咲いているよ!」


 突然テセウスが道端に咲いている夏雪草なつゆきそうを指差した。50センチ程度の高さの草に白い小さな花があり、荒野を抜ける乾いた風に揺れている。周辺にも夏雪草が群生しており、満開の様子は白い絨毯が波打っているようであった。


 4人はその花に不意に見とれた。歩き疲れた束の間、肩が軽くなった。


 アリンダが言う。

「綺麗ね、ちょうど見頃って感じ」

 ヴァロも微笑んで言った。

「思いがけない幸運…だな」


 そこから南へ進むとファールスという街に着いた。この中心地にジャハールが本拠地とする神殿アルタポリスがある。

 街は昼間にもかかわらず静まりかえっており、人影もまばらで異様な雰囲気だった。テセウスら4人が街に入り周囲を伺っていると、何者からか声をかけられた。


「お前ら、どこから来た!」

 声をかけた男は鎧兜を纏い、剣を携えている。どうやらペルシアの兵のようだった。

 彼の周りには10名の弓兵がおり、テセウス達へ向けて構えている。


「俺は西部のオールミから来た!ジャハールの侵略からペルシアを解放する!」

 ソーマが堂々と述べる。

「オールミだぁ?そんな田舎から何をしに来たと思ったら、ジャハール様に楯突くつもりか!」

「当たり前だ!ジャハールがやっているのは虐殺と不当な支配だろ!お前もペルシア人ならおかしいと思わないのか?!」

 ソーマは怒りをぶつけるが鎧兜の兵は全く納得しかねると言う様子で、

「そんなことどうでもいいね。とにかくあのお方に従っていれば、仕事に成功した時の報酬がはずむ!食い物も酒も女も、与えて下さるんだ」

 鎧兜の兵はさらに続ける。

「お前ら、奴隷として俺の命令に従うなら生かしてやろう。どうだ?もし嫌だと言ったら命はないがな、ふはは!!」

 ソーマがぶち切れた様子で黙り込んだ。


 鎧兜の兵はふと気がついたように、アリンダを見た。下衆い笑みを浮かべ手を伸ばし、アリンダの顎を持ち上げた。

「お前…なかなか可愛いな。いい尻をしている。今夜殺す前に俺が直々に愛でてやろう」

「触んないでよ!」

 アリンダは鎧兜の兵の手を掴み捻り上げた。

「痛てぇ!この糞女ぁ!」

 鎧兜の兵はアリンダから離れ手をさすっている。

「屍姦してやる!お前ら4人とも皆殺しだ!てめぇらやれぇー!!」

 鎧兜の兵の号令で、弓兵から一斉に矢が放たれた。


 その刹那、ヴァロがブロードソードを地面に強く突き立てた。地面から風圧が起こり、4人に向かっていた矢が吹き飛ばされた。


「な、何だと!?」

 鎧兜の兵が目を見開いた。

「案の定、話し合いで解決出来る相手ではないようだな。致し方ない。行くぞテセウス」


 テセウスとヴァロが剣を持ち弓兵へ向かって駆け出した。ソーマも短刀を持ち2人に続く。アリンダはクロスボウ(いしゆみ)で3人を援護した。

 テセウス達の卓越した剣技に弓兵は瞬く間に倒れた。鎧兜の兵は何とか自分を庇いながら間合いをとっている。

 「馬鹿な!こんな、ジジイとガキ、女なんかに…」

 歯軋りをしていた鎧兜の兵だが、突然ふところから小さな笛を取り出し強く吹いた。耳に刺さるような高音が辺りに響き渡る。

 すると、


 ズーゥン… ズーゥン…


 街の奥から地響きが聞こえた。


「何よ…?あれ…」

 アリンダが驚いて言う。

 現れたのは身長5メートルはありそうな大男だった。上半身は裸で痛々しいほどに傷の跡がある。また右手はなく、義手のように右腕の膝より先に斧が装着されている。頭は鉄の仮面で覆われている。


 ゴフュー…グォヒュー…

 大男が息をする度に音が鳴り響いた。

 鎧兜の兵が叫ぶ。

「ふはは!恐怖で声も出ないか!この巨人"ホズ"にかかればお前らなど造作もない!さぁ、ホズ!殺してしまえ!!」

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