第7話 目的

「ヴァロとテセウスが…?」

 アリンダは予想外のヴァロの発言に目を見開いた。


「そうだ。わしもテセウスも剣術に通じている。敵もまさかジャハール1人と言うわけではあるまい。味方は多い方が良い」


 それは事実だった。

 ジャハールの力の強大さに、ペルシア王を裏切る者が後を絶たなかった。ペルシアを守るべき兵達は今やジャハールの配下となり、反逆する者を捕らえたり、打ちのめしたりしていた。

 ペルシア王は敵の手を逃れ国宝の漆胡瓶しっこへいを持ち、どこかに身を潜めたらしいが、ジャハールがそれを血眼になって探している。王に親しかった者達への激しい拷問と処刑が行われ、生き残ったペルシア市民は兵達に監視されていた。


 ジャハールはペルシア南部の神殿“アルタポリス”を本拠地としたそうだが、そこに潜入するのも、ジャハールのいる神殿の最深部に辿り着くのも容易ではないことが推測された。


 ソーマが言った。

「アリンダ、ヴァロとテセウスと一緒に行こう。2人はきっと強い」


 山吹色の瞳には何かを見抜く力があるのだろうか。ソーマは確信しているようだった。

 アリンダはソーマへ顔を向ける。

「一緒に行こうって、ソーマあんた…」

「俺も戦う」

「ダメよ!危ないわ」

「俺だって、親父を殺されて悔しいのは同じだ!それに、このままジャハールの支配が続けば生き残った人達も飢えて死ぬ!戦って取り戻すしかないんだ!俺たちの生活を!!」

 ソーマにもアリンダに負けず劣らずの決意があった。それは少年が抱くにしてはあまりにも多くの命を背負うものだった。


(ソーマには大きな"可能性"の灯火が見える。テセウスにも引けを取らないくらいだ…)

 ヴァロはソーマを見ながら思った。


「絶対ダメよ!ここに居なさい!」

 アリンダは譲らない。

「相手は大人よ!変な力を使うし、死んじゃったらどうするの?」

「俺は死なない!絶対に倒す!」

 ソーマも譲らない。

「ダメ!留守番!」

「嫌だ!戦う!」

 

 姉弟喧嘩(?)がヒートアップしている。

 ヴァロも何と声をかけていいか分からず困った顔をするばかりだった。


 その時、

「…命あるものは、必ず死ぬよ」

 テセウスが小さくも通る声で言った。

 アリンダ、ソーマ、ヴァロは驚いて声の方を見た。

「花は咲いて、枯れる。だけどその後に次の種が芽吹く。そしてまた花が咲く。それは同じ花ではないけど、前の花からたすきが渡された証なんだ」

 

 格子窓から差し込んだ月明かりに照らされて、テセウスの翡翠の様な瞳が輝いている。

「死を悲しい事だと思わないで。最も悲しい事は"自分の花を咲かせないで"枯れてしまうことだよ」

 テセウスの表情は暖かさで満ちていた。

「だから僕たち約束しよう。この戦いの先に叶えたい夢があるなら、自分が死なないために最善を尽くすことを…」


 部屋の中に静寂が訪れた。


 不思議だった。それまで漂っていた怒り、悲しみ、恨み、恐れなどが消え去り、アリンダとソーマはふと我に帰るような。夢から覚めた時のような気持ちになった。


 アリンダが口を開いた。

「あたしは…この孤児院にいる子供達が大人になるまで見守ってあげたい。だから、必ず生きて帰ってくる!」

 ソーマも言う。

「俺はジャハールを倒して、ペルシアを復興させる!」

 テセウスは微笑んでヴァロを見た。

 ヴァロは少し驚いたような、納得したような表情で言った。

「では、出発は明朝にしよう。今宵は各自しっかりと休息にあてよ」



 翌朝、4人は孤児院の前で人々の見送りを受けた。

「すぐに帰ってくるからね!皆、留守を頼むわよ!」

「俺が必ず平和なペルシアを取り戻すから待っていろ!」

 アリンダとソーマが大きく手を振った。


 陽光に照らされた彼らの顔には希望が溢れていた。


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