第6話 末裔

「プロメテウスの末裔…?」


 アリンダが怪訝そうに聞き返した。

「そうだ。人間に火を与えた神、プロメテウスの末裔ならば自在に炎を操りペルシアを壊滅させたことに合点がいく」

「ちょっと待ってよ。末裔って子孫ってことでしょ?そんなことってあるのかしら?」

 アリンダはさらにヴァロに詰め寄る。

 

 夜の静寂のなか、部屋の鉄格子の窓のむこうから獣の遠吠えが聞こえてきた。


 ヴァロはアリンダ、ソーマ、そしてテセウスの顔を順番に見たあと、ゆっくり話し出した。

「…古い言い伝えだ。まだこの世界が出来たばかりの頃。神も人間も分け隔てなく暮らしていた。それは皆が穏やかに天誅を全うする安らかな時代だった。故に神と人間が交わることもあった。生まれた子の中には神と同様に不思議な能力を持った者が稀に現れたと言う。

 しかし、ある時から人間に変化が生じた。暴力を行う者が現れ、人間同士は争うようになった。神々の主は神と人間を区別することを決めた。以来人間は天界を追放され、地上でのみ生きることとなった。その中には先に述べた神の血を引く者もいたそうだ」

 

 3人はヴァロの話を理解するのに必死だった。にわかに信じがたい物語のようではあるが、アリンダとソーマは実際に人間の神がかった力によってペルシアが炎上する様を見ている。


 ソーマが問う。

「それなら、ジャハールはプロメテウス神の血を引いてるってことか?」

「その可能性はある。だか、そうとも言い切れない」

「なぜだ?神の血を引く者が力を使えるんだろう?」

「神の能力に目覚める方法は2つある」


 テーブルに置かれているオイルランプの火が緩やかな風に揺らいだ。


 ヴァロは言った。

「"血統か契約か"のいずれかだ。神の御業を授かるためにはこれが必要だと言われている」

「血統か…契約か…」

「血統は先ほど述べた通り、神の血を引く者であること。そしてもう1つは神と対話し、能力を授かるための契約を結ぶことだ」


「神と対話することなんて出来るの?」

テセウスが驚いて言う。


「"不生不滅ふしょうふめつの精神"を持つ人間。その境地に踏み込んだ者だけが神と対話することが出来ると言われている。血統か契約か、どちらにしても神の能力を使える人間を総称して“末裔”と呼ぶのだ」


 窓の外では月に雲がかかった。月明かりのない部屋はオイルランプが焚かれているとは言え、薄暗い。


 ヴァロは続けた。

「今話した通りだ。恐らくジャハールは普通の人間が太刀打ち出来る相手ではない。攻め入るのはやめなさい。」


「ふざけんじゃないわよ!!」

 アリンダが椅子から立ち上がり叫んだ。

「あんな奴が神の末裔?そんな馬鹿な話信じられないわ!だって、だって…神様はあたし達を救って下さるって…いつも…お父様が言っていたもの…」

 アリンダの睫毛まつげからぽろぽろと涙がこぼれた。


「アリンダの…お父さん?」

 テセウスが聞く。


「あたしのお父様は…教会で神父をしていた。そしてあたしの様な両親のいない子を孤児院に引き取って育ててくれたのよ。ソーマだって身寄りがなかったけれど、お父様が引き取って一緒に暮らすことになったのよ。そんな子供達が大勢いるわ。

 お父様は血の繋がりはなかったけれど皆に"父と呼んでくれ"と言ってくれた。優しかった。大好きだった。あたしにとっては本当の父親同然だった…ずっと一緒にいたかった…だけど…!」


 テセウスはアリンダの瞳から強い悲しみと恨みを感じた。


「あの夜…ジャハールがペルシアに火を放った時、お父様は街の人々を避難させるために奔走したわ。あたしやソーマは郊外にあるこの孤児院へ先に逃げるように、と言い残して…。

 一夜明けてお父様が帰らないから心配して街の中心部に行くと一面焼け野原だった。そして教会の焼け跡を探していて…見つけたの…黒焦げになったお父様と1人の子供の死体…逃げ遅れたであろう子供を庇う様に覆い被さるお父様を…」


 頬を伝う涙が雲間から差す月明かりに照らされて煌めいた、アリンダを可憐な雰囲気が包んだ。

「ジャハールが神なわけない…いや…神だとしてもこの世にいていいはずがない…あたしは何を言われても必ずあの男を殺すわ」


 アリンダの強い決意に一同は息を呑んだ。


 沈黙の後、ヴァロが口を開いた。

「分かった。ではその闘い。わしとテセウスも同行するとしよう」


 いつの間にか空に雲はなくなり、月の光が部屋を明るく照らした。

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