第5話 孤児院

「これは物騒なシスターだな」

 ヴァロがつぶやいた。

 修道服を着た娘はなおもクロスボウ(いしゆみ)をテセウスとヴァロに向け、強く睨みつけている。恨みや憎しみと言った感情をテセウスは感じた。


「…アリンダ、やめろ…」


 テセウスが背負っていた少年が口を開いた。少年は背中から降りると、よろめく足取りで娘の方へ進んだ。

「ソーマ!大丈夫!?」

 娘が少年に駆け寄った。

「…この2人は俺を助けてくれたんだ…彼らがいなければ…俺は…喉が渇いて死んでいた」

 少年は疲弊した声だったが、しっかりと娘を見つめて説明した。その瞳は山吹色がかっている。

 娘はテセウスとヴァロに向けていたクロスボウを下ろした。

「ごめんなさい。ソーマを助けてくれてありがとう。あたしてっきりあなた達がジャハールの手下かと思って…」

 娘は申し訳なさそうに言った。


「何か勘違いされていたようだな」

 ヴァロが安心した様子で言った。

「ソーマは今朝この孤児院の皆のためにウサギを狩りに出かけていたの。帰るのが遅いと心配していたところだったのよ。」

「そうか、ではそのソーマとやらは命懸けで仕事をやり遂げたんだな」

 ヴァロが微笑みながら、右手を掲げた。そこにはソーマが捕らえたウサギがあった。

「まぁ!大きい!すごいよソーマ!これで飢えをしのげるよ!」

 娘は少年を抱きしめてはしゃいだ。

「良い腕だ。ウサギが苦しまぬように一撃で仕留めている」

「あなた達、今夜はここに泊まっていくといいわ!ご馳走だもの!さぁ、入って!」

 少年の狩の腕前に感心するヴァロをよそに、娘はテセウスとヴァロを建物の中へ案内した。


 廊下を歩くと、そこは孤児院と言うよりも避難所、もっと言えば夜戦病院の様だった。ボロボロの服を着た者や、身体に包帯を巻いた者、飢えて衰弱した者など様々な年齢の人々が床に横たわっていたり、壁にもたれて座っていたりした。


「この人達、一体どうしたの…」

 テセウスが思わずつぶやいた。

「皆、ペルシアから命からがら逃げきたのよ。」

 娘は言いながら、廊下の奥の扉を開いた。


「アリンダ!見て!見て!似顔絵を描いたよー!」

「あ!ソーマだ!お帰りー!」

「うわぁ!おっきなウサギだぁー!」

「わーい!今夜はお肉が食べられるぞー!!」


 大広間には大勢の子供がいた。

「さぁ、これから夕食の準備よ!皆台所にいきましょ!」

「はーい!!!」

 娘と子供達は料理を始めた。テセウスとヴァロはソファで休むよう勧められた。



 その夜、4人は同じテーブルで食事をした。

 娘の名はアリンダ、少年はソーマと言った。テセウスとヴァロも名乗り、今夜のご馳走に礼を言った。


「して、先のほどの難民の姿やアリンダの警戒ぶり…この辺りで何かあったのかな?」

 ヴァロがアリンダに聞いた。

 少し迷ったように見えたが、アリンダは話し出した。

「3月前のことよ。ペルシア王国にある男が現れたの。その男は自分を"炎神"だと言って王宮にいるペルシア王に向かって命令したの。最高の出来栄えの漆胡瓶しっこへいをよこせ、と。」

「漆胡瓶…ペルシアの伝統の水さしか」

「もちろんペルシア王はそんな命令聞かなかったわ。国宝級の品だから。そしたら、その男…」

 アリンダの息が荒くなった。

「奇妙な術を使い出した…!その男が手を向けた物が次々に燃え始めて王宮はおろか、その周囲の街も一瞬にして火の海になってしまったのよ…!!」

 話を聞いていたヴァロの表情が険しくなる。

 

 アリンダは続けた。

「街の一部は残ったけど、大勢の人々が死んだわ…許せない…!その男の名前はジャハール!!いつか必ず復讐してやる!」

「アリンダ、君では危ない。おやめなさい。」

 ヴァロが諭す。

「なぜ!?私だって戦えるわ!」

「聞いた限りだが、普通の人間ではその男は倒せないだろう。恐らくジャハールは…だ。」


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