第3話 花

「…十字軍…昔の話だ」

 ヴァロは遠い目をしながら呟いた。

 

 海の民達は驚き、戦意を喪失した者もいた。

 そのなかの1人の男が言った。

「どうか許してくれ。この船からは何も盗らないから。申し訳なかった」


 ヴァロはにらみ返した。

「この船からは…?お前たちはこの様なことをこれからも繰り返すのか?」


「それは…仕方がないのだ!」

 男が言う。

「我々の里は破壊され、国宝の黄金の仮面さえ奪われてしまった…!もう、帰る場所も誇りも失った。奪う事でしか、生きられない…」

 男は涙声だった。


「破壊されたとは?」ヴァロが聞く。


「1年前だ…急に我らの里に右手に奇妙な入れ墨がある男が現れた。男は自分を"海神"だと言って、黄金の仮面を差し出せと言ってきた」


 "海神"の言葉を聞いたとき、ヴァロの表情が険しくなった。


 男は続けた。

「無論、我々は反対した。仮面は我々の文明の象徴で誇りだからだ。すると入れ墨の男は怒り、不思議な術を使いだした…!」

 入れ墨の男が手を振り上げると、海が荒れ、大きな津波と豪雨が沿岸にあった里を襲ったという。

 仮面は奪われ、生き残った海の民はわずかだったそうだ。


 男は泣きながら叫んだ。

「全てを壊された我々に、誇りも希望もないのだ!この先どうやって生きれば良いのだ!?」


 話の最中、海の民達には涙を流す者がいた。

 先ほどまで脅されていた船の乗客や船乗りにさえ、同情する者もいる。



 沈黙の末、


 テセウスは海の民の男を見つめて言った。


「花を咲かせて」


「え…?」


「里に戻って、そこに海の花を咲かせて」

 海の民の男は驚いて顔をあげた。


 テセウスは小さな種を男に手渡した。


「これは…」男は目を丸くした。


「オリーブ。大切に育てればきっと綺麗な花が咲くよ」


 テセウスの澄んだ翡翠ひすいの様な瞳と、屈託のない笑顔に海の民達は言葉を失った。


 ヴァロが優しく言った。

「壊されたものは戻らないかもしれない。しかし、新たに生み出すことはきっと出来る。花が枯れても、翌年にさらに美しい花を咲かせるようにな」


 ヴァロは続ける。

「お前たちの造船技術や航海術、また海の知識は、使い方次第で人々を助けるかもしれない。前を向きなさい。」


 海の民達は泣き崩れた。


 それは破壊された里への郷愁の涙でも、宝を奪われた惨めさから来る涙でもなかった。

 自分達の行動に対する後悔の涙だった。


・・・


 そして、海の民達は引き上げて行った。


 海の民の長も途中から目を覚ましていた。彼が去り際にテセウスとヴァロに言った。

「ありがとう。死んだ仲間達のためにも我々は里を復興させる。そして、海を渡る人々の助けになろうと思う」


 彼は付け加えた。

「自分達を誇れるように」


 テセウスとヴァロは目を合わせて笑った。


・・・


「しかし、オリーブの種などよく持っていたな」

 ヴァロがテセウスへ言った。

「港で落ちてたのを拾ったんだ。偶然ね。」

 テセウスはニカっと笑った。

「ふ、偶然にしてはセンスが良い…。オリーブの花言葉を知っているか?」

「え?知らないよ」


「"平和"と"知恵"だ」


 ヴァロはそう言って微笑んだ。


 その時、海の東に陸地が現れた。航海が終わろうとしていた。

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