第2話 海風

 少年の名前はテセウスと言った。

 ヴァロは船旅の最中、テセウスに読み書きや算術またこの世界について教えた。

 テセウスは今までサラミス島しか知らなかったから、世界を見てみたいと思った。そんな気持ちは初めてだった。

 奴隷だった頃、テセウスはその日に水が飲めるかどうか、もしくは干し肉を食べられるかどうかだけが重要だった。


 甲板から見渡すと、一面真っ青な空と翡翠ひすいの様に澄み切った水面が輝いている。


 航海は順調だった。


 テセウスは同乗していた少女から話しかけられた。

「綺麗な瞳をしているわね」

 ベール系の黒い髪をなびかせかながら少女は言った。

 少女は行商の父親に同行してこの船に乗ったらしい。

「ずっと船に乗ってるのも退屈よね」

 テセウスは少女に返す。

「僕は空や海を見ているから、楽しいよ」

「毎日見ていて飽きないの?」

「同じようで毎日違うんだ。空も海も」

 テセウスは言った。

 少女は驚いた顔をして言う。

「私には変わっていないように見えるわ。それにいくら空や海を見ても、お金にならないじゃない?」

 少女の発言を聞いて、テセウスは言葉に詰まってしまった。彼は今までお金になるかどうか、という基準で考えたことがなかった。


 その時、


「海賊だー!」


 船のやぐらから大声が聞こえた。

 周りを見ると4隻のヴァイキング船に囲まれている。縄梯子なわばしごが船内に投げ入れられ、みるみるうちに武器を持った男達が乗り込んで来た。


 船内は混乱した。武装集団に成す術なく船乗りや乗客は打ちのめされている。


 すると武装集団のおさと見える男が言った。

「ここにある食料と金を全部差し出せ!そうすれば命だけは助けてやる!」


 乗客や船乗りは甲板に食料や金を集めて置いた。少女の父親の行商も金を差し出した。少女は泣いている。

 テセウスは怒りが込み上げてきたが、彼には数十人の武装集団を撃退する術はなかった。彼の目にも涙が溢れた。


「テセウス、泣くな」


 振り向くとヴァロがいた。ヴァロの後ろには武装した男達が数人倒れている。


 ヴァロは微笑んで言った。


「わしに任せよ」


 武装集団の長に向かってヴァロが言う。

「貴様ら、海の民だな。いつから強盗をするほど落ちぶれた?」

 長は返す。

「黙れじじい!これ以上口を開くと殺すぞ!海は我らのものだ!おののけ」

 ヴァロは言う。

「古い迷信だ。貴様らの文明は終わっている。自分を刷新出来ない奴が、前に進もうとする者を阻むな!」


 長は怒り、叫びながらやりを持ってヴァロへ襲いかかった。

「この爺いー!!」


 するとヴァロはマントの下から剣を取り出し、前に倒れ込む様に屈むと、槍をかわし、長のふところに入り込んだ。剣を斜めに切り上げる。

 一瞬のことだった。

 

 長の鎧が真っ二つに割れ、長は失神して倒れた。


 船上にざわめきが走る。

「ヴァロ!すごい!」テセウスが言った。


「ヴァロ!?ヴァロだと?」

 海の民の一味が声に反応した。

「さっきのエルナード剣術といい、そのブロードソード…ま、まさか!お前、十字軍最強の剣士、ヴァロー・アレクシウスか!?」


 船上に冷たい夕風が吹いた。

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