アドニスの末裔(第一部/少年編)

風野秀秋

第1話 出航

「その子をもらおう」

 少年が顔を上げると、白い髭を伸ばした老人が彼を見てから、主人に金貨を数枚渡していた。

 首に繋がれた縄を、主人が老人へ渡す。

「さあ来るんだ」

 言われるがままに街を歩くと、老人は途中で果物やワインを買った。

「これを持っていてくれ」

再び老人が歩きはじめると、袋を抱えた少年は追いかけた。

「どこへ行くの?」

 少年が問う。

「やっと口を開いたか。わしの名はヴァロ。これから船に乗るんだ」

 老人は続ける。

「海の向こう、ダーダネルスより先のペルシアの東に、大いなる焔がある。それを手に入れる」


 少年には何のことか分からなかった。

 ヴァロが白髪頭を掻きながら言った。

「わしは"可能性"を目で見ることが出来る。人であれば額に灯火が見えるのだ」

 灯火の大きさでその人間や国の可能性が分かるという。

「さきの東には大きな可能性がある。恐らくわしの最後の望みを叶えることが出来るはずだ」

 

 港に着いた。

 真昼のエーゲ海から光が踊る様に反射している。

 

 ヴァロは少年の首に結ばれた縄を解いた。

「これでもう奴隷ではない。わしの部下としてこの旅に同行せよ」

 そして付け加えるように。

「決めるのは君自身だ」と言った。


 少年は縄を解かれ、呆然としている。

 ヴァロは言う。

「君のその緑の瞳、アーリアの血をひいているな。額の灯火も人一倍大きい。この旅を成し遂げたら、君も望みを叶えられるだろう」

「好きなだけパンを食べられるの?」

 少年は言った。

 ヴァロは微笑み、頷いた。


 少年たちは桟橋に付けられた大きな帆船の前に着いた。

 まずヴァロが乗り込み、少年から袋を受けとる。

 少年は立ち止まっている。生まれて初めて乗る船に、足が震えている。


 ヴァロが言った。

「なぜ恐れる?わしが信じられないか?それとも、自分の可能性を信じられないのか?」


 船のやぐらから船乗りの大声が聞こえる。

 出航の合図だ。


 船が岸から離れる刹那、少年は船に飛び乗った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る