chapter1

chapter1 ①:待ち合わせ。

 この瞬間、僕の心臓は世界で一番大きな音を立てて鼓動の音が鳴っていたと言っても過言ではないだろう。


 ──『ブンブン文庫新人賞一次選考通過作品』


 僕の書いた作品は、いつも一次選考で落ちていたため、今回の新人賞も、結果発表のサイトを開く直前まで半ば諦めモードだった。

 しかし、今回は──、


「や、やった……。は、初めて一次選考通過した……」


 僕は少し呼吸をすることを忘れたかのように、おかしな息遣いをして、未だバクバクとし続けている心臓と共に、たどたどしくそんな言葉を口から放った。


 それから僕の作品は、そのまま良い波に乗って、二次選考も通過し、最終選考まで残ることが出来た。

 そして、今まさに僕は、最終選考通過作品の一覧を恐る恐るスクロールしながら、一つ一つしっかりと目を凝らして文字を追っているところだ。


「やっぱり、流石に選ばれることなんてないよな」


 今回の受賞作品は全部で二十五作品で、結果発表サイトは上から順に、大賞、金賞、銀賞、特別賞、佳作と続いている。

 ちなみに、大賞受賞作品は『賞金+複数巻書籍化+コミカライズ確約』で、金賞や銀賞、特別賞も、賞金の額が少し下がるのと、コミカライズ確約までがついていないという点以外、ほぼほぼ同じと言ったところだ。

 佳作においては、編集部と協議の上で、書籍化をするか否かを検討するらしい。


 そして、そんな中、僕は、


「こ、これで最後の一作品。どうかありますように」


 一旦、目を瞑って祈るようにそう言うと、受賞作品一覧表の一番最後の行に向けて、閉じていた目を開け、スクロールをして、表示されていた文字を自分の瞳に映した。

 最終選考を勝ち抜いた最後の作品は──、


 佳作 著:神職

 作品名:『可愛い年下の巫女さんは、僕の彼女です』


 そう、これは言わずもがな僕の書いた作品だ。


「……ったぁ~」


 しばらく、声が出なくなった。選ばれたのは、佳作だったが、それでも初めてのことだったので、死ぬ程嬉しかった。


 そして、それから少しだけ時が立ち、編集部とのやり取りの末、僕の書いた作品も、なんと書籍化をする方向で決まったのだ。


 しかし、ここからが大変なのだ。書籍化が決まったからと言っても、そうすぐには出すことは出来ない。

 書いた原稿を大幅に編集作業を加えていきながら、もう一度書き直したり、入る挿し絵などの配置などの確認作業を行ったり、その他諸々のことをしなくてはならない。

 そこで、イラストレーターさんも決めることになったのだが……何にせよ、僕の作品は所詮は協議の末にようやく書籍化の許可が下りた作品であって、大賞作品たちのように、なんて言う保証はない。


 だから、第一線で活躍しているような作品を手掛けている知名度のあるイラストレーターさんについてもらうというのは、無理な話で、僕の作品のイラストを担当してくれる人は、僕と同じく、これが初仕事となる無名の若手の方となった。




 ●○●




 ──『巫女さん』


 そんなペンネームを名乗る人が、自分の作品のイラストを手掛けてくれるというのを知った時は、なんとも偶然の中で起こった奇跡のような感覚になった。

『神職』と『巫女さん』。両方とも神社が由来であるペンネームなのは、縁起が良く感じるし、気が合いそうで仕事もスムーズに進みそうな気もする。


(いったい、どんな人なんだろう……)


 後日、僕はイラストレーターの『巫女さん』先生(プロのイラストレーターの方なので、後ろに敬意を持って、先生をつける)に、連絡をした中で決まったカフェで会うことになった。

 なんと、その日に、誰よりも先に、イラストを見せてくれる、とのことだ。



 店内は全体的に木で造られていて、いかにもお洒落な人が利用してそうな落ち着いた雰囲気だ。

 実際、店内を見渡す限り、自分よりもファッションセンスが高い人達しかいない。


(でも、それにしても遅いな……)


 これから、初めて会うことになる人との緊張を少しでもほぐすために、話をちょっと逸らしていたが、流石に予定時刻から二十分近く過ぎても来ないのは気になる。


(わ、忘れちゃってるのかな……)


 一応、連絡先は持っているので、ここは確認してみるのが良さそうだ。

 こちらが時間を間違えているかもしれないし、何よりも向こうが今、何かの事件や事故に巻き込まれていたとしたら大変どころじゃすまない。


 そう考えて、取り敢えずL●NEで先ず軽く連絡を取ってみると、その二、三分後にいきなり電話がかかってきた。


(『巫女さん』先生からだ。電話ってことはやっぱり何かあったのかな……)


 僕は他の人の迷惑にならないように、一旦店を後にするとすぐに、電話をかけ直した。

 考えてみると、今まで連絡は取ってきたが、声を聞くのは初めてだ。


(若い女性の方とは聞いているけど……)


 僕は一応、彼女が何かに巻き込まれてしまっているのではないかという可能性もあるため、心構えてスマホの受話器ボタンをタップした。

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