chapter1 ②:『巫女さん』それとも『メイドさん』??


「ご、ごごご、ごめんなさい……。つい、先生の作品にはまってしまってて、すっかりイラスト書くのを忘れてしまして、そ、その……」

「ぜ、全然、怒ってたりしてないので大丈夫ですよ。取り敢えず深呼吸してみましょうか」


 僕は一旦、ブルプルと可愛い子犬のように震える彼女を落ち着かせるが、実のところを言うと何よりもこちらが落ち着かない。

 その理由は、本当は僕が約束を破られたことに対して心の中で怒っているとかではなく──、


(な、なんでこの人、メイド姿なんだよ?!……)


 そう、僕の瞳には超絶美少女のメイドが映っている。

 本来、長いであろう黒く透き通った髪を頭の周りで三つ編みにして、余った部分を後ろでお団子にして結び、長い前髪は横にして、そのままおろしている。

 そのため、正面から見ると、後ろで結んでいるお団子が隠れて、ショートヘアータイプのメイドさんに見える。

 服装は、まさにアニメやマンガ、ラノベのイラストでよく目にする感じのメイド服そのものだ。


(な、なんかめっちゃ甘い香りもしてくるし、何よりも超可愛い!)


 しかも今、心の中で叫んだ通り、甘い香りも彼女から漂ってくるし、何よりもお世辞抜きで、とても似合っている。


 まあ、全体的に甘くて良い感じの香りがするのは、ここがと言うこともあると思うが。


 ──そう、僕は今、自分の書いたライトノベルのイラストを手掛けてくれることになった『巫女さん』の自宅に呼ばれて、から、もえもえきゅんな待遇を受けているのだ。



 時は遡ること数時間前。


 僕は「あわわわわ」と口にまでして慌てふためく人を初めて見た。正確には、電話越しに聞いているのだが。


『す、すすすすすす、すみません。い、今、にいるんですよね?』

「はい、一応、電話するので一旦店を出たんですが、取り敢えず何事もなかったのなら良かったです。今から、こちらに来られますか?」

『す、すみません。じ、実はイラストまだ出来てなくて、その……』

「それなら、仕方ないですね。まだ、編集部に送るまでは時間がありますし、またの機会に──」

『あ、あの!!よろしければ、家に来ませんか?なんとか今日中に描いてみせますし、謝罪も面と向かってしなきゃだし、それに、をしますので!!』

「へっ……」


 ──ガチャン(で、電話切られちゃった……)


 と言うことがあり、現在いまに至るのだが……。


「し、神職先生、改め、ご、ごごごごごご、ご主人様、取り敢えずコーヒーをお持ちしました」

「は、はい……」


(う、うん、これ絶対に勘違いしてるな……)


「も、ももももも、もえもえきゅん♡!!」

「……」

「ご、ご主人様も、ご一緒に、もえもえきゅん♡!!」

「えっ、萌え萌え、きゅん……?」


 そう、彼女は──『巫女さん』先生は、僕とメイド喫茶で待ち合わせしていたと勘違いしていたらしい。


 ●○●


「わ、わわわわ、私の早とちりのせいで、本当にごめんなさい!!」

「い、いや本当に怒ってないので……と言うか、メイド姿めちゃくちゃ可愛いかったし」


 僕は、また子犬のようにプルプルと震えてしまっている『巫女さん』先生を、なんとか落ち着かせる。

 ちなみに、もうメイド姿は解かれて、姿に戻ってしまっている。


(メイド姿も、もう少し目に焼き付けたかったけど、普段着って言ってた巫女服姿は、これはこれで、また違った感じで良い!!……じゃなくて、普段着がそれって、コスプレイヤーの鏡みたいだな……)


 ──そう、『巫女さん』先生によると、これが普段着らしい。


 僕もコスプレイヤーだったら、コスプレを普段着にするその姿に、尊敬の眼差しを向けていたに違いない。


「ほ、本当に申し訳ございませんでした……。とにかく、今から先生の作品のイラストの最終仕上げをしていこうと思います」

「あっ、そうでしたね。お願いします……」


(言われてみたら、そのために『巫女さん』先生と会う約束をしてたんだよな)


 まだ耳を赤くしたままの『巫女さん』先生が、あわふたとしながらも、そう言ってくれたことで、僕は本題をようやく思い出した。


「それにしても、最終仕上げってことは、全く出来ていないわけじゃなかったんですね'`,、('∀`) '`,、」

「はい。メイド服に着替えた後に、メイド台詞を練習しながら、キャラのこともしっかり考えて描いてみました!」

「そ、そうですか……」


 それはなんと言うか、もっと集中しながらやってほしいと一瞬思ったが、それ以上に、『巫女さん』先生が「もえもえきゅん」や「ご、ご主人様」と一人で練習しているのを、頭の中で想像するだけで、ご飯三杯はいける気がした。




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