第6話 My foolish heart.

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(通信開始)


1045(10時45分) 

Place:練馬練兵場 メイングラウンド



<sideA>

ジリジリと、熱い陽に焼けた大地が顔に近づく。


 (教官)「クズ共腕立て伏せあと700回ー!!」


 一片の容赦のない声が灼熱のフィールド(教練場)に響いた。


 (靴下男)「嘘だろ!?あのタコが武術の達人?」

 靴下男は信じられない、と言う面持ちでサナダ(真空男)に聞いた。


 (真田)「あの呼吸、間合いの取り方、身のこなし…おそらく間違いないでしょうね。」

 サナダは腕立てのスピードを一切落とさず、話し続けた。


 靴下男も腕立て伏せを呼吸の様にナチュラルにこなしながら言った。


 (靴下男)「で…勝てるかい?サナダさん。」


 サナダは、汗まみれで関節ガクガクの腕立て伏せをしている高齢者丸出しの吾郎に目をやって、言った。


 (真田)「…私があんな方に負ける訳がないでしょう?この間は少々油断しただけですよ。」


 靴下男は安心した笑みを浮かべて言った。


 (靴下男)「そうだよな!!俺たちは数十年前、あんたが毎週世界の有名格闘家を半殺しにしていく動画をそれは楽しんだよ!

 …あれは俺らの心の下剋上だったんだ。

 ー今度の闘いも楽しみにしてるぜ。

 サナダさん。」


 サナダはフッと鼻で笑って言った。


 (真田)「半殺しを越えたら…その時はごめんなさい(笑)」


 (靴下男) …



 ビィーー!(ホイッスルの音)



 (教官)「腕立てそこまで!

   1100 、エサの時間だ!!」

 

 次は全員腕立て伏せの姿勢から、兵舎への猛ダッシュだ。昼食はいつも1人分少なく作られており、毎日必ず誰か1人がお昼ご飯に有りつけない仕組みなのだった。



 ※ ※ 本日の食堂内  ※ ※



 さて、靴下男の視界に偶然吾郎が入った。


 ー吾郎は首尾よくその日の昼食を手に入れ、佐藤のテーブルに向かっていた。

 その時だった。歩いて兵舎に現れたその日最後の兵士が吾郎に近づき、彼のプレートをもぎ取った。


 (兵士A)「ここにお前の居場所はもう無いんだよ。…これは俺のランチなんだ。」


 そう言って兵士はその場から離れようとした。

 が、そこに誰かが立ち塞がってこう言った。



 「やめろ。 今のはフェアじゃないぞ。」


 

 ー靴下男だった。



 (靴下男)「このタコ…いや前田に昼食を返せ。

 今日はお前が最後だったし、こいつはまだ軍(ここ)を辞めていない。もし昼飯が欲しけりゃ俺のを持っていけ。

 ほら、何やってんだ。さっさと持ってここを立ち去れ!!」


 ゆうに2mはある靴下男に凄まれ、ランチ泥棒は素直に従った。


 靴下男はその昼食のプレートを吾郎のテーブルの目の前にぶっきらぼうに置いて口を開いた。


 (靴下男)「おい前田、お前…武術が出来るのか?

 …やっぱりそうか、…凄いな。何かを極めるってのは相当しんどい事なんだろな…。 

 ならしっかり喰っておけ!

 俺はお前に辞めて欲しいと今でも思ってはいるが、別に死んで欲しいとは思っていない。



 だって…ど、同世代だからな(赤面)。」



 吾郎はポカンと間の抜けた表情で礼を言うタイミングを外した。


 (前田)「ああ、そう。…いや!え!?あ、ありがとうございます。えと…あ、檜山さんですか。

 はい!まだまだ私ら前期高齢者!先は長いですよ!エイヤッ!エッコラショ!!って共に頑張りましょー!」


 こんどは檜山(靴下男)がポカンとした。


 こんな阿呆な男にはこれまで会ったことがないといった表情だった。


 思わず少し気が緩んでしまった。


 (檜山)「…か、勘違いするなよ。 べ、別に助けたつもりはないからな! それにお前の動きにびっくりしたとか武術を色々教えて貰おうなんてそういうのもないんだからな!!」


今度は檜山が訳がわからなかった。


 (木戸)「檜山どん、ちょっと落ち着きなもし。わかったきに(笑)」


 木戸に言われて檜山ははっとして…しばらく俯いて固まってしまった。


 (前田・佐藤・木戸) …(汗)


 …しばらくして冷静さを取り戻した檜山はあらためて吾郎に対峙した。





 (檜山)「こ、この前はすまなかった…。」


 


 …食堂の隅に、その一部始終を眺めてスプーンを握り潰す真田の姿があった。

 


 ーこうして1日また1日と過ぎて行き、

 ついに決闘の日の陽が昇った。




(通信終了まであと1分)

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<sideB>


 アメリカやヨーロッパ諸国は今でも昔のように老若男女が入り混じって生活している。 しかし、街中で車で暴走する老人や、若者グループによるいわゆる『オヤジ狩り』が横行し、決して上手くいっているとは言い難い。


 "シルバニア王国"のスパイの巣窟にもなっている。 彼らの活動は有能な高齢者を拉致し、同国へ送る為でもあったが、先の世界大戦で故郷へ帰れなくなった元新日本兵を探し出し、シルバニアに帰化させる目的もあった。

 

 あの日、いつもの様に1人の元新日本軍兵士が発見された。


 彼はC.T.B時代の伝説の兵士だったが、ボリビアでの作戦中、彼の小隊は全滅し、ただ一人敵の攻撃から逃れてジャングルに迷い込み暫くそこに身を隠していた。



 長い長い時間が流れた。



 この間にC.T.Bが廃止され、終戦を迎え、世界のパワーバランスは老人に傾いて日本は消えた。


 ブラジルの奥地で発見され、その事実を聞いた元新日本軍兵士もまた、他の兵士達と同様に帰国を決意した。



<Returned Soldiers list>



name:前田 吾郎(まえだ ごろう)

age:Unknown

family:妻 1 子 1

region:シルバニア王国東京都アンダーカツシカ区


 

 

 

(通信終了)


-log-

シルバニア王国東京都台東区浅草雷門跡地


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