第5話 Chega de saudade.

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(通信開始)


1140(11:40)

Place:巣鴨練兵場 西手洗い場

 Act:前田 佐藤 木戸


<sideA>

 (木戸)「…江戸時代初期、阿波地方の領主・十河存保(そごうまさやす)は、自身の藩の存続に江戸幕府が脅威になると考え、遥か昔、縄文の海人(うみんちゅ)の時代から伝承されてきた武術を民の踊りに仕舞った。

 …しかしそれが四代将軍徳川綱吉の耳に入り、明暦2年(1656)、盆の時期の3日間以外は踊りを禁じ、さらにはその祭中は徳島藩士に謹慎令を出し、武術としての踊りはここで息途絶えたかに見えた。

 …だが、その秘技は脈々と生き長らえていたのだった…。」


 …と木戸(標準語変換済)は教えてくれた。


 しかしあまりに信じ難い話だったので

吾郎は言った。


 (前田)「でも私は誰からもそんな話聞かされませんでしたよ?私の父なんて阿波踊り実行委員長を随分長い間務めていたんですけど。」


 木戸は吾郎を見ながら溜息を付いて言った。

 (木戸)「おまはん、ゴロさんは19才で上京したじゃろ? …トクシマの人間はな、今でも地元で成人式を迎えた者にのみこの真実を明かすんじゃ。それが阿波の親の責任でな。


 ー軽率に地元から離れる様な薄情もんに大切な土地の秘密ばバラすとでも思っちゅうかじゃ…。」


 (前田)「クッ、」


 吾郎は納得はしながらも、…唇を噛みしめた。


 ー若かりし日の吾郎は毎年毎年、たった3日間の夏の祭りの為だけに1年間、親にほぼ毎日ひたすら踊りを教え込まれた辛い記憶があった。


 …“ほらもっとヒザを曲げェ! コラ! いつも嬉しそうに笑顔作っとけ”


 自分もいずれこんな親になるのかと、高校在学中にずっとアルバイトし、その貯めた数十万を片手に卒業式のその日に、吾郎は故郷を離れた。



 吾郎は力無く言った。


(前田)「もっと色々教えて欲しいです…木戸さん。」


 木戸はそうか!と両膝を両手で叩いて言った。


 (木戸)「では!」


 (木戸)「おまはんら(君達)、カポイエラっちゅう武術は知っとるか?」


 吾郎は佐藤と目を合わせ、言った。

 (前田)「しっちょります。や、知っています。

ブラジル人が体制に反抗する為にダンスの中に戦闘術を仕込んだって言う…有名なやつですよね?」


 木戸は話した。

 (木戸)「おう。それは知っちょうな。あれも悪ゥない。…しかしありゃ動きも大きく、武術バレバレもええ代物じゃ。そこに来て徳島の舞は動きも掛け声もほんに面白うて、ずーっと昔からあったきに(あったのに)全然バレんかった。


 …だが、情けない事に、太平洋戦争後に上陸してきたアメリカの最高司令官、


 『ダグラス"マッド・ドッグ"マッカーサー』

 

 にバレてしもうた。」



 (佐藤)「バレ…なんでだよ」




(吾郎)「それで…どうなったんですか?」


木戸は言った。

 「…奴は、屈強な何名かの兵士と踊り子を闘わせたんじゃが、ことごとく兵士は負かされて…その様子をこう記した。


『ー幾度我々が阿波の人に挑んでも、彼等の繰り出す沸々と泡が湧き出るかの様な絶え間なき幻影と美技に、(中略)…やがてそのうち集中力が削がれ、気が付いたら天を仰いでいる。

 

これはまるで


“The Dance with Bubbles(泡踊り)”


だ』と。」



佐藤:「泡…まんまだな。」


 木戸は続けた。

 (木戸)「その後、徳島ではその“泡”と“阿波”を掛けて“阿波おどり”と、自分達の舞を呼ぶ様になった。

 それまではただ単に、


”盆踊り“ (盆に踊る踊り) とか

”騒踊り(ぞめきおどり)“ とか

”組踊り(くみおどり)“ だとか


勝手に好きに呼んじょった。」



…それは驚くべき内容だったが、それよりも

 この後木戸の口から伝えられた内容がもっとも吾郎の心を捉えた。


 (木戸)「…んでマッカーサーがの、ほとんどの日本人が知らん阿波踊りちゅう武術を未来永劫、米軍エリートに伝授するっちゅう事で踊りの廃止は免除された。


 …しかしゴロはん、やっぱりあんたはワシが観た舞の中でもピカイチじゃ。


 いずれぁCIAの頂点とひと踊りせんといかんやろな。

 

 なんせここ50年間米軍に阿波おどりを教えとった人物…」


(前田)「?」




 (木戸)「あらぁ恐らくあんたの親父や。」





(通信終了まであと1分)

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<sideB>


  国名:シルバニア王国(旧・日本国)

  国王:真田 海衆

  人口:約4500万人

(人口比率:65歳以上が約3/4)


 現在『本 州』と呼ばれる最大の島に住めるのは原則的に高齢者のみで、64歳までの国民は『准国民』として『四 国』と呼ばれる太平洋寄りで逃亡の困難な島でのみ居住を許されている。

 若者は知性が貧しく、あらゆる経験に乏しいと見做されていて、投票権を持たない。


 見た目にも髪に色があり、禿頭や白髪といった人間としての特徴をまだ備えていないと蔑まれている。

 

 元々減少していた人口は、日本からシルバニアに国が移行する際に数百万人の若者が国外へ脱出した。


 いまだ本州に残っている若者達は、単純労働を請け負う為に安い報酬で雇われ、その居住地も東京湾を中心とする海底または地底に限られている。

 それだけでも信用されず、盗聴/GPS付マイナンバーカード、TNT爆弾差歯(奥歯)がないと本州に住めないのだ。


 一部の高齢者はこのように若者を知性の低い存在とは思っておらず、警戒は厳重を極め、反乱の余地は一切ないかに思えた。


 あの日までは。

 

 

 

(通信終了) 



-log-

2136年8月17日


シルバニア王国東京都千代田区日本武道館跡





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