第3話 ドッペルゲンガーと入れ替わりたい?
死猫は、何もかもに疲れた人間を見つけるのが得意だ。
「ドッペルゲンガーと入れ替わりたいんですか、なるほど」
建物と建物の間の、人目につかない場所で、死猫は男と交渉していた。
今回話しかけた相手も、相当病んでいたようだ。死猫にとってはラッキーな話である。
「俺はもう生きていたくない。死んで無になりたい。でも、母親が悲しむし、他の人にも迷惑はかけたくない。だから、俺の代わりになる人間が欲しい。そして俺の代わりだということには誰も気づかない……」
彼の要望を、死猫は理解したようだ。
「分かりました。あなたはもう、生まれ変わりや天国地獄などもなく、永遠に無になりますよ。いやまあ、生まれ変わりや天国や地獄やらがある、とか、ない、とかなんて、私にも分かりませんけどね」
「とても嬉しいです。これ以上僕の意識が続くなんて、まっぴらごめんですから」
三十代前半ほどに見える彼だが、その絶望は本物らしかった。
「では…」
死猫がそう言うのと同時に、彼とそっくりな男が現れた。
……まるで、最初からそこに居たみたいに……その辺にいた人間が、いつの間にやらドッペルゲンガー希望者と死猫のそばに来ていたように…………彼は、そこにしゃがみこんでいた。
「………………」
ドッペルゲンガー希望者にそっくりな男は、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「………………」
二人と目が合う。
「どうも、ドッペルゲンガーさん」
死猫が挨拶をした。
「あ、どうも……」
つられてドッペルゲンガー希望者も挨拶をした。
「……僕にとってはあなたの方がドッペルゲンガーですけど。……今まで生きてきた記憶も、この子と出会った記憶もありますし。でも……僕は自分を消したいとは思いませんね。何も今急いで死ぬことはないでしょう」
ドッペルゲンガーの彼の言い分はそうらしい。
「ドッペルゲンガー希望者さん。あなたは今日の午前0時にいなくなりますので」
「分かりました」
「それまで家から出ないでくださいね。私が家まで送ります。瞬間移動しましょう。分身のあなたはこれから自由に生きて構いません」
死猫とドッペルゲンガー希望者は……まるではじめからそこにいなかったかのように、はじめから彼の自宅にいたかのように、部屋にいた。
「なんであなたも来るんですか」
もうすぐ死ぬ、いや消える彼は、死猫に訊いた。
「一応見張っておかないと心配じゃないですか。外でパッと消えるところを人に見られでもしたら」
「どこも行きませんよ……」
死にたいのに出かけたい所なんてあるか、というようにそう言った彼は、本当にだるそうだった。
はじめからそこにいたように彼が現れたように、この彼もまた、はじめからそこにいなかったようにいなくなるのだろう。
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