第4話 「乙女座のハルさん」

ブブブブ! ブブブブ! ブブブブ!


突然、倫子のカバンが唸り声をあげた。

「ちょっと失礼します。」

倫子は桜子達に断りを入れてから鞄を開け、中からタブレットを取りだし画面をタッチした。

「アパートには着いたん?」

タブレットいっぱいに映る、綺麗に髪を結いあげた着物姿の女性が、開口一番そう言った。

「お母さん!」

倫子は思わず声をあげた。

「着いたなら着いたで、連絡くらいしなさいな。」

やれやれといった口調だ。

「あ、あのね、お母さん。実は…。」

倫子が母の美智子に今までの事を、しどろもどろに説明し始めた。

ちょうどその時、アイちゃんが四人分のいちごのパフェを持って座敷に現れた。

まさみちゃんは笑顔になり、桜子の顔を見た。

桜子はニッコリと笑いながらまさみちゃんに頷くと、アイちゃんに向かって 「ありがとう。」 と、声を出さずに口だけを動かした。

それを見ていたまさみちゃんもアイちゃんの方を向き 「ありがとう。」 と口パクをして、桜子の真似をした。

アイちゃんはニッコリと笑うと、パフェを置いてからまさみちゃんに手を振り、座敷から離れていった。

「どうぞ。」

桜子は口パクでまさみちゃんにそう言うと、まさみちゃんは手を合わせてから、スプーンを片手に、嬉しそうにパフェにパクついた。


それからしばらくの間、倫子が将太おじさんと桜子を交えながら、一通りの説明した。

美智子は終始、静かに話を聞いていたが、話を聞き終えると言った。

「それはえらいことやねぇ。倫子の事はどうとでもなりますけど、将ちゃんの方が心配やわぁ。」

美智子は右手を頬に当て、心配そうに言う。

「ありがとうございます女将さん。僕のほうは何とかなりそうですわ。」

将太おじちゃんは笑顔で答えた。

「なんにしろ、百聞は一見にしかずです。とりあえず現状を確認したいさかい、明日、私がそっちに行きますよってに、今日はホテルをとりなさい。」

「うん。」

倫子がそう言うと、桜子が口を開いた。

「今日は金曜日でしょう?多分、ホテルは満室だと思うわ。うちの寮に泊まられたらいかがでしょうか?」

「大変ありがたいお心遣いですけど、ご迷惑やおまへんやろか?」

美智子は心配そうだ。

「迷惑だなんて、とんでもございません。」

桜子は笑顔で返す。

「そしたらとりあえず、ホテルに空室があるかを確認して、もしも満室やったら、お言葉に甘えさせてもろうてもよろしいでしょうか?」

「はい。」

桜子はニッコリと笑った。

「そしたら倫子。ホテルに空きがあるか確認してから連絡しなさい。」

「はい。」

「桜子さん。娘が面倒をかけますけど、よろしゅうお願いします。」

美智子はそう言うと、深々と頭を下げた。

「ご丁寧なご挨拶いたみいります。」

桜子も深々と頭を下げる。

「それでは失礼致します。」

美智子がそう言って再び頭を下げると、しばらくしてから通話が切れた。


「とりあえずホテルに確認してみます。」

「だったらこれを使って。青葉島のホテルの電話番号が全部入っているから。」

桜子はそう言って自分のタブレットを取りだし、倫子に手渡した。

「ありがとうございます。」

倫子はタブレットを受け取り、桜子にお礼を言う。

「お姉ちゃん。」

まさみちゃんが倫子に話しかけた。

「なぁに?」 「早く食べないと、溶けちゃうよ。」

そう言うと、まさみちゃんは倫子の前に置いてあるパフェに視線を送った。

「ありがとう。食べちゃうね。」

そう言ってスプーンを手に持つと、まさみちゃんが言った。

「おいしいよ。」

倫子はスプーンでパフェを掬うと、口の中に入れた。 溶けかかってはいるが、ひんやり甘くて美味しい。

「本当だ!おいしいねぇ~。」

倫子がそう言ってまさみちゃんに笑いかけると、まさみちゃんも笑った。

パフェを平らげた倫子は、片っ端からホテルに電話をし始めた。



30分後。

「ぜ、全滅…。」

倫子は信じられないという風に呟いた。


島に10軒あるホテル全てが満室なのは仕方ないにしろ、スイートルームまで埋まっているのには驚かされた。

「観光客も多いのだけど、出張の前乗りで週末に来る人も多いのよ。」

そう言って桜子は笑っている。

「そうなんですか…。」

「それじゃあ、寮の方に行きましょうか。長旅で疲れているでしょうし、部屋でゆっくりとしてちょうだい。お母様にはそれから連絡をいれたら?」

「はい。お世話になります。」

倫子は頭を下げた。

「そしたら僕はこれで。商店街の会長に呼ばれてますんで、行ってきますわ。」 将太おじさんはそう言うと席を立ち、靴を履き始めた。

「行ってらっしゃい。」

「行ってらっしゃい。将太おじさん。」 「行ってらっしゃ~い。」

最後にまさみちゃんのかわいい声が聞こえた。

「ほな失礼しますわ。」

将太おじさんはそう言うと、まさみちゃんに笑顔で手を振った。

まさみちゃんも手を振り返す。

「それじゃあ、私達も行きましょうか。」 そう言って桜子は腰をあげた。


倫子が熱血屋を出る時に店内の様子を見てみると、先ほどと変わらない賑わいを見せていたが、胸毛もじゃもじゃ外国人達がいなくなっている。

あんな格好でどこに行ったのだろうか?


厨房に目をやると、なまずのような髭を生やした巨漢のコックさんが、炎を踊らせながら、大きな中華鍋を振っている。

どうやらチャーハンを作っているようだ。

『おいしそう…。』

倫子がそう思った途端 キューッ と、小さくお腹がなった。


そう言えば、今日は朝ごはんしか食べていない。

幸福感に包まれていて、お昼を食べるのを忘れていた。


3人は店を出ると、店の隣のドアから中に入った。 入り口には郵便受けが沢山並んでおり、その奥にエレベーターが二つある。

右のエレベーターの扉には「2F/3F用」と書かれており、左の扉には「4F/5F用」と書かれている。


桜子が左のエレベーターのスイッチを押すと、扉が開いた。

3人がエレベーターに乗り込むと、桜子が5Fのボタンを押した。

エレベーターは静かに動きだし、あっという間に5階に到着した。

チン!

どこか懐かしいと感じる音と共に、エレベーターの扉が開く。

扉の向こうには窓もない、広い廊下が伸びていて、その先に格調の高い大きな扉があった。

扉の中央には、大きな金色の雌のライオンのレリーフがあしらわれている。


「神楽坂さん。ここからは私達より前に出ないでね。」

桜子は穏やかな声で言う。

「はい。」

倫子は歩みを遅らせる。

桜子は扉の前に立つと、ドアの上にあるカメラを見つめた。 まさみちゃんも同じようにカメラをじっと見つめる。

「お帰りなさい。桜子さん。まさみちゃん。後ろにおられる方は、お客様ですか?」

突然、扉に付いているメスのライオンの紋章が、口をパクパクさせて喋り出した。

穏やかな女性の声だ。

倫子は思わず、体を後ろに仰け反らせた。


「ただいまハルさん。彼女は私のお客様なの。」

「それではお客様。入室許可登録のため、私の質問にいくつかお答え願えますか?」

倫子は不安そうな顔で桜子を見た。

桜子は笑顔で頷く。

「はい。」

「お客様のお名前をお願いいたします。」

「神楽坂倫子です。」

「神楽坂倫子様ですね?」

「はい。」

「それでは次に、スリーサイズをお願いします。」

「えーっと、上から80…。え!」

倫子は目の玉が飛び出るほど驚いた。


『こわ!思わず言いそうになったわ!』


「失礼しました。今のはジョークです。今ので少しは、緊張がほぐれましたか?」

「はい。おかげさまで。」

倫子の心臓がバクバクしている。


言わなくてよかった…。


「私は熱血屋の女子寮『乙女座』のセキュリティシステムのハルと申します。よろしくお願いします。」

「これはこれはご丁寧に…え?人間じゃないの?」

倫子は扉に向かってお辞儀をしながら再び驚き、また体を仰け反らせた。

「はい。私は人間ではありません。セキュリティシステムです。24時間、365日、乙女座の警備をしております。」

「よ、よろしくお願いします。」

倫子は再び扉に向かって頭を下げた。

今日はよく頭を下げる日だ。

「それでは登録を続けます。扉の上にあるカメラを見てもらえますか。」

「はい。」

倫子はハルに言われるまま、カメラを見た。

「はい。ありがとうございました。次に、両手をひろげて、ライオンのレリーフの左右にある、銀色の金属のプレートに、向かって右側に右手の、左側に左手の手のひらを当ててもらえますか。」

「はい。」

倫子は言われるがまま、レリーフの左右にある金属のプレートに手を当てた。

「しばらくそのままでお待ちください。」

しばらくするとハルさんが言った。

「ありがとうございました。これにて登録は完了です。」

倫子はプレートから手を離した。

「いらっしゃいませ神楽坂倫子様。どうぞ中へとお入りください。」

ハルの音声が途切れると、雌ライオンのレリーフが、音も無く90度回転し ガチャ ガチャ ガチャ ガチャ と音がして、扉がゆっくりと開いた。

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