第八話:STAY IN THE SUN
その後も少しイアンと話して、俺は用事があるから、と言って彼と別れた。街を散歩がてら回ってみようと思ったのだ。
「気持ちいーなあ」
海から吹く風が体を吹き抜ける。海沿いの道は、最高に景色がいい。なんてたって、地平線いつばいに海が見えるから。
途中でボードを止め、堤防から砂浜の向こうの海をしばらく眺めた。空の青と海の青が目にすがすがしい。砂浜には観光客がちらほらいて、その中には、 サーフィンをしている人も見えた。
「サーフィンか…かっこいいな」
ダンの家で見た写真を思い出す。 スケートボードとはまた訳が違うんだろうけど、ボードを使ってるっていうところでは似てるよな。 固い地面と違って、 不安定な波の上を滑るってどんな感じなんだろう。
そうしてしばらく眺めていると誰かが堤防のほうへ歩いてきた。きっと荷物か何かを取りに行くんだろう。よく見るとサーフスーツのようなものを着ていて、 その人もサーフィンをやっているんだなと分かる。
「おーい、坊主」
見れば若い男で、 こっちに向かって叫んでいた。息子なんている年齢には見えないから、坊主と呼んだのには驚いた。
「おーい、聞いてるかあ?」
彼はまた息子を呼んだ。でもその息子とやらはどこにもいない。小さな男の子なんて見当たらない。
「おまえだよ、 耳悪いのか?」
………俺!?
俺が驚いている間に、その男はぐんぐん歩いてきて、俺の横に立てかけてあったボードを見た。
「へえ、 おまえボードやるのか」
俺が何も答えずにいると、男はふと気づいたように笑った。
「わりいな、いきなりだったか。ずっと見てるから、サーフィンに興味あんのかと思ってよ」
「…いや、 興味あるというか…」
「こっち来てやってみるか?」
ええ!?
「サーフィンっすか?む、無理っすよ!」
「分かってるよ。ボードの上に立てとは言わないし、腹ばいでもいいから乗ってみろよ。楽しいぞ」
そう言って彼はニカッと笑った。そして俺がイエスともノーとも言わないうちに手を引かれ、彼の仲間の元に連れて行かれてしまった。
「あのう…」
「なんだ、 そんなとこ突っ立ってないで早く海ん中入れよ」
そんなこと言われても…と俺はごねた。なにせあの後トレーラーに連れ込まれ、 サーフスーツに着替えさせられ…
何が嫌かって、 このピッチピチのサーフスーツだ!なんて窮屈さだ。
「あ、おまえ、海が怖いのか? 大丈夫だよ、さ、俺がつかんでてやる」
「別に怖いわけじゃ…」
「なら早く来いって」
サーフスーツを脱ぎたいなんて言えなそうだ。しかたなく俺は海に入った。
「冷た…」
家からこんなに近いのに、俺はまともに海に入ったことがない。何しろ平和主義者でもなんでもないので(最近の俺は除く)、みんなで仲良くビーチなんてドラマの中の話だ。まあもしかして小さい時は親に連れられて、来たことがあるかもしれないけど。
そんな俺が今やなぜか、さっき知り合ったばかりのお兄さんとビーチだ。しかもサーフィン。
「さあこうやって、しつかりボードつかんで波に乗りゃあいい。力は抜け」
「乗ったまま行くんですか?」
「いやいや、まず沖のほうに近づいてからだよ。じゃないと、浜辺に戻されちまうだろ。そして波を待つんだ」
そう言って彼は、サーフボードを波に浮かばせながら、自分はその脇を泳いでいく。
俺は深呼吸をした。
「—ダンのおじいちゃんみたいだ」
もうすでに波にのっている数人の人たちを見て俺は呟いた。前方ではお兄さんが俺を手招きしている。俺は、彼の真似をして、ボードを引っ張りながらお兄さんの方へ泳いだ。
「いいか、波が来るのが見えたらボードに乗れ。俺が合図するから」
お兄さんのところに行くと、彼はそう説明した。俺は頷き、沖のほうを見つめた。遠くのほうでは白い波が立っているけど、こっちまで近づいてくる様子はない。
しばらく、波の音しか聞こえない穏やかな時間が過ぎた。
「もっと向こうに行きや波はいくらでもあるんだけどな。…お!来るぞ」
え? ずいぶん遠くにしか見えないけど…
そう思っていたら、そこより近い、少し向こうの水面が盛り上がりだした。
その盛り上がった水面がだんだん高くなって俺たちのほうに近づいてくる。
「うわっ」
「びびんな、 いやこの波は少し高いか? でもいいタイミングだ、行くぞ」
そうしてお兄さんは俺のボードをつかんだ。
「よし、俺が押してやる、その勢いに合わせて腹這いでボードに乗るんだぞ、いいな?」
「う、うん」
俺はボードをつかんだ。 そして腕に力をこめる。
「待て待て、まだだ、まだだ…
ようしっ、行けっ!!!」
お兄さんの掛け声で俺はボードに飛び乗った。
—太陽が眩しい。
—光の中に、消えてしまいそうだ。
***
「おーい、 火傷するぞ」
ん?やけど?何のことだ?
まだこうしていたい。暖かくて気持ちがいい。
「おい! シャワー浴びれなるぞ」
「シャワー…って、痛!!!」
「あーあ、 こりやもう手遅れだな。自然治癒を待つしかない」
そう言ってクククと笑ったのはお兄さんだ。彼は真っ赤に日焼けした俺の背中を思いっきり叩いたのだ。俺ははじめてのサーフィンに疲れ果て、砂浜で寝そべっていた。 いつの間にか時間が経っていたのだろう。 俺の背中は真っ赤になっていた。塩水に浸かった後に太陽の光を浴びるのは厳禁だったらしい。
確かに、今日のシャワーは厳しそうだ。
「ほらよ、俺の連絡先だ」
そう言うとお兄さんは紙に書いた連絡先を俺に差し出した。
「俺は普段は仕事してるけど、土日は毎週ここに来てサーフィンだ。連絡してくれればまた教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「ん、じゃあ、またな」
お兄さんはそう言うと、数人の仲間と一緒にトレーラーに乗り込み、去っていった。
サーフィンって、結構いいかもしれない。
お兄さんの乗ったトレーラーを見送りながら俺は思った。
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