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 左手に持った杖、地についていた先端部分を宙に向けていた。そのままそこに模様を描く。視界を白い閃光が灼いた。間を置かず雷鳴が耳をつんざく。身体全体が揺さぶられた。巨大な稲妻が落ちていた。

「く……っ」

 先遣隊の隊長と思しき人物が怯んだ。目の前の魔女の身体を抱いた。

「サシュ……!」

『いいから!!』

 もう一度杖を振るう。私と魔女の身体を、空気の層が包み込む感触。武装集団の怒号が遠くなる。

「逃げても無駄だ。おまえたちのことは集落の長から聞いている。庵ももう焼き払った。帰る場所はないぞ」

 涙が溢れていた。

『どうせ──どうせ汚い手を使って、長老の口を割らせたくせに!』

「魔女がいる限りこの世界に平穏は訪れぬのだ。当然だろうっ!?」

 彼らは彼らの正義のために私たちを追い詰めようとしている。それは解らなくもない。解りたくはないが。いったいいつまで、私たちはこうして人間たちと相見えなければならないのだろう。

 杖を握り締めたままに指先で強引に溢れる涙を拭った。

『しっかり掴まってて』

 隣の魔女に声をかけさらに杖を振った。一回、二回、三回。そのたびに稲妻が迸った。気流が乱れ雲が湧き、大粒の雨も落ちてきた。杖を脇に挟み込んで空いた左手を胸に当てた。深呼吸。瞼を閉じて祈る。

 ああどうか。どうか我らに──────

 ──────はっとして辺りを見回した。夏の盛り、空は青く雲がうっすらと靡き、中天を超えた太陽は燦々と輝いている。指を伸ばして頬に触れてみた。汗でしっとりしているけれど涙の感触はなかった。

 これも、サシュの魔法か。

 あれはきっとサシュの記憶で、この集落を追われた時のものだろう。トカトは「役人が」という言い方をしたが、あれはそんなに可愛らしいものではなかった。明らかに敵意を持ち、命を奪うつもりでサシュともうひとりの魔女の前に立っていた。

 ただ平穏に生きていきたいだけなのに。

 胸に沸き起こった想いは、あの時のサシュの想い。私の中に流れていたサシュの想いは哀しくて、だけどそこにはひとかけらも、集落の長老に対する醜いものがなくて。ふたりの魔女を売った、という言い方もできる。売ることしかできなかった、という考え方もある。だからこそサシュは、長老に対して醜い感情を抱かなかったのかもしれない。あまりにも時間が短すぎて、さらにその奥底までは届かなかった。この先、サシュの欠片を求めていけば、胸の最奥に秘められたサシュのほんとうの想いに、触れることができるのだろうか。

 足元に落ちていた白い羽を拾い上げた。目の上にかざすと、それは陽を受けてきらりと光った。これが尾羽なのかどうか私には解らない。けれど、それでよい、と言われた気がした。

 来た道をゆっくり帰る。集落に着くころには夕陽が空を赤く染めていた。サシュの髪の色を思った。

「おかえりなさい、どうでした、鷺は?」

 シャルカンが声をかけてくれた。借りていた水筒を礼と共に返しながら、とてもきれいでした、と答えた。

「そう。鷺の尾羽って、種類によっては高く売れるものもあるそうね。それを狙う猟師がたまに集落にやってくるから、おじいちゃんもピリピリしているところがあって」

 正直なことを言えば、それでお金を稼ぐのも悪くないと思うんだけどさ。シャルカンはよくも悪くも現代人だった。

「だってねえ? あの営巣地の鷺を狙ったら、魔女の呪いで身を滅ぼすなんて、ティルカだって信じないと思うわ。あなたはどう思う?」

「鷺の羽でお金を儲ける是非について? それとも、魔女の呪いについて?」

 私にはシャルカンがどのような意見を求めているのかが全然解らなかった。意地悪な問いと捉えられたかもしれない。

「魔女の呪いの方」

 あっけらかんとしてシャルカンは答えた。あいまいに頷いた。

「難しいね。それはきっと、宗教と同じことだから」

 シャルカンは笑った。

 その翌日も営巣地に足を運んでいた。飛び交う鷺を見てももう、サシュの記憶が入ってくることはなかった。一度きり、私が欠片に近づいたことを条件に発動する魔法だったのだろう。サシュは私が考えていた以上に優秀な魔女だったのだと、今さらのように考えた。

 そんな優秀な魔女が自らの死期を悟ったとき、こんな莫迦げたことを思いつくものだろうか。サシュの手紙の内容は、覚えるほど読んだ。確かに私とサシュは、もっとお互いを理解する努力をしてもよかったのかもしれない。

 すべての欠片が集まったらどうなるのだろう。契約とはなんなのか。考えながら歩き回る。そういえば庵があったのはどの辺りだったのだろう。サシュの記憶からは明確にその場所が解らなくて、それがとても残念だ。

「ねえサシュ、記憶を分けてくれるなら、この地でサシュが送った日々の記憶の方こそ、分けてくれたならよかったのに」

 上空を滑る鷺に向かって声をかけていた。あの鷺がサシュに私の気持ちを届けてくれるのなら。なにをするでもなくゆっくりとその場所で時間を過ごして、夕暮れ前に集落に戻った。別れの晩餐では、シャルカンが漁で捕まえた魚を振る舞ってくれた。子どもたちは森で果実を収穫したとのことで、爽やかな果汁を楽しむものだと教わった。やっぱり名前は覚えられなかった。トカトはもう少しだけ私と話をしたかったようだけど、私がやんわりと拒んだため、結局あの夜以降トカトと直接話すことはなかった。

 翌朝、集落の若者たちに見送られ、シャルカンの四輪駆動車で街まで送り届けてもらった。シャルカンが露店の準備をしている間に、すでに品物を広げていた露店を巡り丸鶏と果物を三つ求めた。すっかり準備を終えたシャルカンに渡す。お世話になった礼だと言ったらシャルカンは遠慮せずに受け取って笑った。

「じゃあ気をつけてね、学者さん。幸運を」

「幸運を」

 シャルカンと握手をして駅に向かった。

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