レッドフォックス&グリーンラクーン

埴輪

Red Fox & Green Raccoon

「よっ! 奇遇だねぇ!」


 ──ジャンクシティで掘り出し物を漁る、俺にとっての至福の時間は、今、この瞬間、終わりを告げた。振り返りたくはなかった。黄色いゴーグルに緑色のジャンプスーツ、見た目はまんまガキなのに、言うことばかりは一人前の小娘の姿なんぞ、見たくもない。


「おっちゃん、これおくれ! 代金はこの兄ちゃんが払うからさ!」

「誰が払うかっ!」


 思わず振り返った時、そこには「おっちゃん」もいなければ、「これ」もなかった。ただ、ニタニタと嬉しそうな小娘が一人……俺は向き直ると、その場を離れ──


「もうっ! ちょっと待ってってばっ!」

「尻尾を握るなっ!」


 振り返り様、怒鳴りつける。尻尾はフォックスの宝だ。そうみだりに触れて良いものではない。ましてや、ぎゅむっと握ったり、すりすりと頬擦りして良いものではないのである。


「いいじゃん、減るもんじゃないし。さわさわして、気持ちがいいし」


 すりすり。すりすり。


「減るんだよっ! 目には見えない、大切な何かがっ!」

「あのさ、ちょ~っと、手伝って欲しいことがあるんだよねぇ」


 ……これだ。これだから、こいつとは関わりたくなかったのだ。それに、ちょっとで済むはずがない。それはもう、絶対に、だ。だが、尻尾を握られてしまっては、仕方が無い。


「……分かった。で、何をすればいいんだ?」

「えっと、それなんだけどねぇ」


 すりすり、すりすり。


「おいっ!」

「もう、ケチなんだから。これはもう、しっかり探して貰うからねっ!」


 小娘は名残惜しそうに俺の尻尾を解放すると、携帯端末を俺の鼻先に突きつけた。画面に浮かび上がった言葉を、俺は思わず読み上げてしまう。


「……レッドフォックス」

「そ。それに、グリーンラクーン」

「お前、なぜ──」

「私もよく分からないんだけどさぁ、何でも、すごく美味しくて、温まるらしいよ!」

「……何だ、食い物の名前なのか?」

「わかんない」

「おい」

「あはは、冗談、冗談! でも、食べ物だってことしか、わからないんだよねぇ」

「お前な、これが食い物の名前ってことは……」


 怖気が震う。「フォックス」は「きつね」という意味だ。俺もフォックスではあるが、あくまで狐型獣人であって、狐そのものではない。だが、狐を食べるというのは、人間が猿を食べるようなもので、俺は下手物ゲテモノだと思うし、何より、フォックスの名を冠する食い物を、フォックスと探しにいこうというのだから、人間はつくづく、度し難い生き物であると痛感する。


「別に、きつね料理だとは限らないじゃん?」


 俺の心を読んだかのように、小娘は口を尖らせる。


「……で、どうやって探すんだ?」

「ふっふっふっ、捜査の基本は足だよ、ワトスン君っ!」

「誰がワトスンだ」

「とにかく、名前は分かってるんだからさ、バンバン、聞いて回ろうよっ!」


 ……まぁ、ここはジャンクシティ。宇宙で手に入らないものはないと言われる、良く言えば吹きだまり、率直に言えば肥溜めである。運が良ければ、正解に辿り着くこともあるだろう。そして、俺はともかく、こいつの運……いや、悪運の強さは、折り紙付きだった。


 それから、俺たちはジャンクシティを尋ね回った。その大半が、聞いたこともないという返事だったが、中には聞いたことがあるという返事もあって……まぁ、結論から言えば全て詐欺で、一度などは、柄の悪い連中に囲まれる事態にもなり、仕方なく、撫でてやった。


「やー、兄ちゃんが一緒にいてくれて、助かったよ!」


 ……怯えた顔の一つでもすれば、可愛げがあるというのに、小娘ときたらこの調子で、こういう事態を想定し、元軍人の俺に声をかけたということが、容易に窺い知れるのだった。


 結局、日が暮れるまで尋ね回っても、レッドフォックスも、グリーンラクーンも、その正体は分からず仕舞いだった。やれやれと、俺が公園のベンチに腰掛けると、流石さすがにラクーンも疲れたのか、憎まれ口を叩くこともなく、隣にちょこんと座った。……ん? ラクーン?


「お前さ、確かラクーンって言ったよな、名前?」

「あっ! 覚えててくれたんだっ! うっれしーっ!」


 ……そんなもんかねと、眩しいほどの笑顔に戸惑いつつも、俺は先を続ける。


「で、グリーンラクーンとは、何か関係があるのか?」

「うん、実はそうなんだ! ラクーンって、たぬきって意味なんだよっ!」

「……違うぞ、ホームズ」

「え?」

「ラクーンはアライグマだ。たぬきは、ラクーンドッグ」

「えーっ! じゃあ、私って、アライグマだったんだぁ……なんかぁ、複雑ぅ」


 がっくりと項垂うなだれるラクーン。別に、アライグマも、たぬきも、似たようなもんだろうという言葉を飲み込み、俺は「こほん」と咳払いを一つ。


「それで、ラクーンとグリーンラクーンは、どういう関係があるんだ?」

「……私の名前は、お爺ちゃんの大好物が由来なんだってさ」

「それが、グリーンラクーンだってのか?」

「そ。大好物といっても、お爺ちゃんも一度しか食べたことなかったみたいだけど。お爺ちゃんも軍人だったからさ、どっかの星の戦場で、振る舞われたんだって。あんなに美味しいものはない。そして、体が芯まで温まる……そんな人間に育って欲しいって」

「たぬきはどこからでてきんだ?」

「わかんない。お父さんも、お母さんも、ラクーンはたぬきだって言ってたし。グリーンラクーンドッグじゃ言いにくいから、いつの間にか消えちゃったのかも?」


 ……まぁ、そういうこともあるかもしれない。言葉というものは、時代と共に形を変えていくものだ。宇宙標準語も、元々はとある星の小さな島国の言語だったらしいが、あらゆる言語を吸収し、変化していく柔軟性から、いつしか標準語になってしまったとか。その結果、「フォックス」と「きつね」、「ラクーンドッグ」と「たぬき」のように、同じ意味をもつ複数の言葉が存在するようになってしまったのだから、ややこしい限りである。


「でも、本当はラクーンドッグだったなんて……残念だなぁ」

「そんなにたぬきが良かったのか?」

「お爺ちゃんによるとね、グリーンラクーン……じゃない、グリーンラクーンドッグは、レッドフォックスと双璧を成す存在だったんだって! 時にはどっちが好きかで戦争が起きることもあったみたいだけど、いつだって、グリーンラクーン……ドッグと、レッドフォックスは一緒だったんだって! それって、素敵じゃない? ほら、私たちみたいで!」


 ……俺はどんな顔をすればいいのか、わからなかった。俺はかつて、レッドフォックスと呼ばれていたことがあったからだ。もちろん、食い物ではない。コードネームという奴だ。血濡れの狐。それだけで、俺がどういう存在かが窺い知れる、素晴らしいコードネームだ。


 もし、そのことをラクーンに話したら、どう思うだろうか? こいつのことだ、由来なんぞはどこ吹く風、これは運命だとかなんだとか、言い始めるに違いない。だから、俺は。


「別に、いいんじゃないか」

「えっ?」

「ラクーンが、たぬきってことでもさ」


 ラクーンはきょとんとしていたが、やがて「それ採用っ!」と、指を鳴らした。そして弾むように立ち上がると、大きく伸びをしていたが、思い出したように、腹を押さえた。


「……お腹空いたなぁ。結局、何も食べてないもんね」

「何か食いに行くか?」

「やった! フォックスの奢りねっ!」

「……仕方ないな」

「あれっ、いいの? どういう風の吹き回し?」

「別に、割り勘でもいいぞ?」

「ええーっ! 奢って奢って!」


 まったく……俺は立ち上がると、どこへ行こうかと考える。そういえば、面白い料理を出す店がオープンしたんだったか。何でも、お湯を注いで待つだけで出来上がるとか……疑わしくもあるが、その真偽を確かめにいくのも悪くないかもしれない。レッドフォックスとグリーンラクーン……赤いきつねと、緑のたぬきで。


 すりすり……また俺の尻尾が不当に扱われていることに気付いたが、俺はもう何も言わないことにした。目には見えない、何かが増えている……そんな気がしたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レッドフォックス&グリーンラクーン 埴輪 @haniwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ