第4章 ランバルの内乱
1 アシュルム
―
麗欄の隣国ランバルの南、険しい峰を従えた黒流剣山の頂上に、炎獄の霊廟がある。
風化した岩壁に無数の射的用の穴や、幾重かの城壁に囲まれた古城で、今は誰一人訪れる者はいない。
そこに、ランバルの高位の服装を着た、一人の壮年の男が霊廟の端に立った。
その者は、霊廟の周囲にいくつかある石碑の位置をかえ、持ってきた書簡を見ながら、それぞれの石碑の前で術式を唱えた後。最後に中央の石碑を反転させ、一連の作業を終えた。
すると周囲に一瞬、光が明滅し、霊廟の中から白い靄が熱風を伴って吹き上け、虚空に散って行く。
(炎獄の霊廟の結界は解いた………魔神ラ・ムーアの復活の準備は整った。ゼーレよ、これでよいのだな)
男は、靄の消えるのを確認すると、すぐさま山を降りランバルの国都に向かって去って行った。
◇ランバル王宮
麗蘭の西にあるランバルは、麗蘭とほぼ同じ規模の国で、麗蘭とともに北の蛮族の脅威に屈していない同盟国だ。
そのランバルの宮殿で、王太子のアシュルムが部屋に閉じこもり、各地から集めた美少女人形を、男とは思えない細い指で愛でていた。
やぶにらみの切れ長の目に、太陽の下に出たことがないような白い肌は病的にさえ見える。そこに、姉のミレイが入ってきた。
「アシュルム! また人形あそびですか、しかも、蛮族が迫っているこの時に。仮にもあなたは次期ランバルの王なのですよ、もうすぐ戴冠式です、そうすれば正式にランバルの王となり、あなたがこの国を導かなければならないのです」
「………ぼくより姉上のほうが」
二十歳になるミレイは、気品ある清楚な女性で、アシュルムとは対象的に悧発で活発な才女だ。
母を早くに亡くしたこともあり、弟のアシュルムに幼い頃から過保護といえるほど干渉していた。
それは、頼りないアシュルムが周りの者に言いくるめられ、最悪、政権を奪われないよう、懸命に守ろうとしていたこともある。
そんなミレイに、アシュルムは全く頭が上がらない
「これから御前会議です。父上がご病気なのですから、あなたがしっかりしなければなりません、問題は山積みです」
「………でも、なんか嫌だな。ややこしい問題ばかりだし、優秀な禅于(ぜんう)にまかせておけば、いいじゃない」
すると姉のミレイは、アシュルムの手をとると、おだやかに
「なにを言っているのです。それに会議にはシオン姫が来られますよ。謁見の準備をしてください。禅于が気をきかして呼んでくださったのですよ」
「シオン姫が! さすが禅于だ」
アシュルムの顔が急に笑顔になり、急いで立ち上がると、そそくさと支度を始めた。
*****
シオンはランバルに着いたあと、鎧を着て会うわけにもいかないので、着物に着替えて会議の部屋に向かって宮殿を歩いていた。
着物姿に正装したシオンは美貌の上に精悍さもそなえ、宮殿の者はそばをとおるだけで、息が詰まるようなオーラを感じ、そこにだけ光が射しているように思える。
隆司もシオンに付いてアシュルムとミレイが待っている貴賓の間に導かれ、シオンは女性らしく少し頭を下げて膝を折る挨拶をすると、その可憐さにアシュルムは息を飲んだ
「シオン姫! 」アシュルムが駆け寄って、しどろもどろに
「よ……ようこそ……はるばる、おいでくださいました」
緊張して言うと、シオンはすずやかに
「アシュルム様、ミレイ様におかれましては、ご健勝のこと、お喜び申し上げます」
いつもと違う丁寧な言葉で挨拶する。
可憐さの中にも高貴な貴賓を漂わせるシオンに、アシュルムだけでなく周囲の者も陶酔する思いだった。
そのとき、アシュルムがふと横を見ると隆司の立ち位置が気になった。隆司はシオンの真横に立っている。
これまでシオンは同格の将軍以外、誰一人、自分の横に人を立たせたことはない。
それが、武勇を好むシオンが屈強な武者ではなく、自分と同じ歳頃の、ひ弱そうな男子を真横に立たせているのだ。
そういう、くだらないことはすぐに気がつくたちで、アシュルムは隆司を横目で睨んだあと、シオンに向かい。
「し……シオン姫……こ……今夜は、シオン姫のために、晩餐会を予定してます……ど・どうか」
アシュルムは相変わらず緊張して、ろれつが回らない。そんな、小心者のアシュルムに、シオンは社交辞令的に微笑んで頷いた。
挨拶をすると早々にシオンは隆司とともに下がっていく。アシュルムに背を向けて立ち去るシオンは隣の隆司と親しげに話をしながら戻っていった。
そんな様子をアシュルムは苦々しく見つめながら。控えているミレイに
「姉様、あいつ………」
「分かっています。隆司とかいう、最近目立っている軍師のようです。小賢しい知恵でシオン姫をたぶらかしているようです。どこの馬の骨かわからないし、あなたのほうが、よほど賢いし、地位もシオン姫にふさわしいですよ」
ミレイは、麗蘭との同盟を強固にするため、なんとかシオンとアシュルムを結び付けようとしている。
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