2 単于の諫言

 その後、御前会議が始まった。


 会議の席は中央にアシュルムと、後ろにミレイが座り、麗欄の使者であるシオンと隆司は、来賓としてミレイの横に席を設けられている。


 目を引くのは、側近として座る、黒の頭冠に白い深衣を羽織、短い髭に落ち着いた表情の壮年の宰相、禅于ぜんうだった。

 威厳と風格を備え、アシュルムより、はるかに存在感がある。

一方、その他の執政官は頼りなさそうで、会議中、禅于の話を聞くばかりで一言の発言もなかった。

 会議は全て禅于が話し、他の者は相づちをうつだけだ。


 最後に、主題のランバルの北のオルフェス城の話になると

「北のオルフェス城が蛮族の攻撃を受けて苦戦し、救援を求めています。オルフェス城はご存知のとおり、ランバルの北の要衝で、なんとしても死守する必要があります。援軍が必要ですが、アシュルム様いかがいたしましょう」


 アシュルムは面倒くさそうに、

「禅于のよしなに、はからえ」

 禅于は頭をさげ


「承知しました。ただ、今回の敵は思ったより強力で援軍を繰り出しても苦戦すると思われます。そこで、アシュルム様ご自身が親征されますと、味方の士気はあがり、必ずや敵を迎え撃てると存じます」


 禅于の意見を聞いていたシオンは隆司に小声で

「禅于の言うとおりだ。首長の親征は大きな効果がある。戦わなくても戦場にいるだけで兵の士気が違う」

 隆司もうなずいて


「確かにアシュルム様の親征は効果があるでしょう。アシュルム様も、少しくらいなら国都を空けても問題ないでしょうから」


 隅でシオンと隆司がこそこそと話している様子を、アシュルムは会議よりも気にしているようで、(なんだあいつ、シオン姫となれなれしくしやがって)禅于の話は上の空のようだった。


 そのとき、後ろに控えているミレイが口をはさんだ。

「禅于! 何を言うのです。そんな危険なところに、次期ランバル王であるアシュルムを派遣するなど。だめです」


 禅于は、怒鳴るようなミレイの発言にも動ぜず、落ち着いてアシュルムとミレイに向き直ると、頭をさげ

「ここが破られるとランバルの首都が危機に陥ります。絶対に死守する必要があります。数日で結構ですので、なにとぞアシュルム様の御親征をお願いします」

 禅于は丁重に意見をするが、ミレイは


「オルフェス城は鉄壁ではないですか、それがどうして危機に陥るのです」

「敵には魔導師もいます。魔導師による攻撃を受ければ危険です」


 魔導師の話しを出されてミレイも躊躇したが

「しかし、あの城は結界に守られています。しかも、オルフェス城の結界はランバルの国都と同様に要衝ということもあり、大魔導師レムリア様が直々に設置したもの。そう簡単に蛮族の魔導師には攻められないのではないですか」


 ミレイは弟のアシュルムを危険な場所に行かせたくないので、なんとか理由をつけようとしている。

 確かにオルフェス城の結界は鉄壁であり、普通の魔導師では破ることはできない。

 暗愚な弟に比べミレイは頭の回転もよく、その意見はもっともだった。


 禅于は少し考えたあと

「………魔導師もですが、敵の数自体も多いことが予想されます。数には太刀打ちできません。別に前線に出てくださいとは言いません、わずか数日、あの鉄壁の城の中においでくださるだけで結構です。無論この私も同行します。何卒! 」


 禅于は平身低頭してミレイに訴える。そこまで言われるとミレイも、直ぐに反論できず

「………わかりました、一晩考えさせてください。明日の会議で話し合いましょう」

 禅于に押し切られそうになったミレイは、一度会議を中断させた。


******


 会議が終わり、別室でシオンは隆司と二人だけになると、急に力を抜いてだらしなくする。着物も半分はだけて

「あーつかれた! やはり、こんな着物は私には向かない」


「シオン様……そんな姿を見たら、みなさん幻滅しますよ」

「これが、本当の私だ。隆司の前だけは力を抜かせてくれ」

 隆司は、苦笑いしながら


「でも、シオン様も上品な仕草ができるのですね」

「あたりまえだ! ………ひょっとして隆司、私に惚れなおしたのか」

「惚れなおした……って。ぼくは、べつに……惚れてなど……」

「………・」


 すると急にシオンは物言わず隆司の目を睨むように直視した。

 さすがに、今の女性らしいシオンに見つめられると、息を飲み隆司も固まった。そんな、隆司を見たシオンは、ため息をついたあと


「それより、ミレイは相変わらずだな。過保護にも、ほどがある。見たろアシュルムの態度、姉のミレイには何も言えない」

 それには隆司も頷いた。シオンは続けて


「それに比べ、禅于は次期の王に意見するとは命がけの諫言だな。最近宰相に抜擢されたようで初めて見たが、立派な宰相だ」

 禅于の名がでると、隆司は急に沈黙した


「何か気になるのか」

「いえ……禅于は、ミレイ様を説得するのに、最初は魔導師が攻めてくると言ったのに、ミレイ様の意見で、敵の数が多いことに、理由をすりかえました」


「なんとかミレイを説得するためだろう。ミレイも頑固者だからな」

「………」


 隆司は少し考えた後

「そうですね、まだ初めて会ったばかりですし。ところで、少しランバルの街を歩きたいのですが」


「どうした、急に」

「アシュルム様や禅于の評判などが気になるもので」

 すると、シオンは立ち上がり

「私も、いこう! ………と言うわけにもいかないか」

 シオンは残念そうに言う。


 さすがに麗欄の皇女のシオンが不用意に町の中をうろつくわけにいかない。

 シオンは辟易とした表情で


「夕刻には、つまらん晩餐会も予定されている」

「そうですね。私は、晩餐会には招待されていませんし」

「そうなのだ、隆司も誘うように言ったのだが、皇室だけの内輪ということらしい。禅于は出席するのにな。どうも、隆司をはずしたいようにも思える」


「まあ、そういぶからないでもよいでしょう。でもちょうどいいです、ゆっくり街を回ってきますから」

 シオンは不服そうにしていると、隆司はそんなシオンに真顔になり


「宴席でアシュルム様や禅于が私のことを聞いてきたら、とことん私を卑下してください。どうも彼らの私を見る目が、新参者のくせにシオン様の側近にいるからでしょうか、懐疑的で何か冷たいので、念のため注目されないようにしたいのです」


「隆司を卑下するなど、気が進まないが………それはあるかもな、わかった」


 そのあと隆司は直ぐに出ようとすると、

「もう、行くのか………」


 シオンは少しさみしそうにしたが、隆司は笑いながら

「滞在時間も短いですから。このあとしっかり、猫かぶってくださいね」


「隆司! もう、さっさと行け」

 怒ったように言うシオンだが、表情は微笑んでいた。

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