3 星の国

 二日後、隆司はシオン達とランバルに出立した。

陸路なら十日ほどかかるので、春信君の飛雄馬で向かう。隆司は初めて乗る飛雄馬に生きた心地がしない


「僕は高所恐怖症で」

「何を言ってる。このあと春信君の国に寄ってランバルに行く、先は長いぞ。まあ、すぐに慣れる」

 横を飛んでいるシオンが笑いながら言う


「……うう、酔い止めがほしい」 

 隆司は必死で春信君の背中にしがみついていた。

 一方、シオンは自身で飛雄馬を操り、後ろに桜花を乗せている。可憐に飛雄馬を操るシオンを見て隆司は


「シオン様は飛雄馬にも乗れるのですね」

「ああ、春信君に子供のころから教わっていたのでな」

 するとシオンの後ろの桜花も


「私だって乗れるのよ。でも、飛雄馬自体が少ないし、育てて飼いならすのは難くて春信君様の一族しか扱えないの」

 隆司は頷くと、自分の家の小さな窓から飛行機を眺めていたことを思い出した。


 隆司の家は貧乏なので飛行機に乗ったことがない。家の近くに空港があり、子供の頃は飛行機を見て、どこか遠くへ行きたいとよく思っていた。

 方法は違うが隆司は今、空を飛んでいる。


 眼下の森や川筋が小さく視界の中に収まり、ジオラマのように見える。さらに、地平が大きく円弧を描くように見え、大地の大きさに感動していた。


 しばらくして、目の前に台地状の大きな山体が見えてきた。

 近づくと高さ千メートル以上はあろう断崖に囲まれたテーブルマウンテンだ。

 その崖が鉛直になる遷急線から、数本の滝が絹糸のように垂れ下がり、落下距離が長いので滝は途中から霧状になっている。


 そんな壮大な絶景に目を奪われながら飛んでいくと崖の上にさしかかり、一瞬、上昇気流のふわりと浮きあがる感覚とともに急に地面が近くなる。

 先ほどとは違い、木々の真上を滑空するスピードを感じる。


 平らな山上は緑豊かな森が広がり、その所々に集落が点在し中央に小さい城が見えてきた。


 飛雄馬は、そのまま城の庭に着地すると、一行はそれぞれの荷物などを降ろし、春信君は隆司たちを宮殿に案内した。


「どうでしたか、我が蒼天の里は」

「すばらしいです。こんな絶景初めて見ました」


「そう言っていただけると嬉しい。わが蒼天の里は、この山の上だけの小さな国だが、周囲が絶壁に囲まれ、ここに歩いて来るには険しい秘密の登山道が一本あるだけだ。その他はこの飛雄馬以外に来る方法はない。それもあり、他の国が攻めてくることはない」


 確かに、絶壁に囲まれたこの山の上には飛んで来る以外になさそうだ。

「さあ、こちらです」

 紳士的に接する春信君に促されて、シオンと桜花も一緒に、宮殿の中に進んだ。


 城と言っても、国自体の周囲が絶壁の城のようなものなので、森に隠れている二階建ての屋敷に周囲を低い土塀に囲まれているだけだった。

 長い庭園の廊下を歩いていると、春信君はシオンと桜花に


「そういえば千冬が、シオンや桜花の顔を見たいと首を長くして待っているぞ」

「私達も会いたいです」

 シオンと桜花が明るく返事をする。


 しばらく進むみ、宮殿の奥の重厚な扉を開いて中に入ると、暖炉などがある広い接客の間で、明るく広い部屋だが装飾品は質素だった。春信君の人柄がよくわかる。


 その部屋の中央に座っていた女性が、シオンたちが入ってきたのに気づき、急ぎ足で近寄ってきた。


「シオン様、桜花様、よく来てくれました」


 その女性は、輝くように梳かれた長い黒髪が濡れた絹糸のようにゆらめき、うつろな瞳は、自分の全てを包み込んでくれそうな慈愛に満ちている。

 佳人、麗人とはこういう人のことを言うのだろうと、隆司は呆然と見とれている。そんな隆司に桜花は腰に手をあて覗き込むように


「ほほう、千冬様の美貌に声もでないようですな。まあ、千冬様には、さすがの私も一目おきますけどね」

 桜花の言葉に、周りが少し微笑むと、緊張している隆司に


「隆司様ですね、はじめまして春新君の妻の千冬です。お噂は常々お聞きしております」

「い…いえ、そんなー…とんでもござりません」

 緊張して、変な敬語になっている。


 ******


 その夜

 春信君は、ささやかな晩餐会を開いた。


 蒼天の里は、高所にも関わらず温暖で、農業や牧畜も盛んで、ここでしか採れない木の実や果実など食材豊かな国で、テーブルには、煮物、焼き物、揚げ物、いろいろな料理が出そろっている。


 並べられた料理に手をつけた隆司は

「おいしい! こんな美味しい料理食べたことないです! 」

 心から出た言葉で、

「それはよかった。さあ、遠慮なく」


 春信君に促され、隆司は遠慮なく食べ始め、シオンや桜花も笑っている。

 無心に食べていた隆司だが、急に

「母さんにも…」

 ポツリと言うと、シオンが


「母上がどうかしたのか」

「……いえ」

「現世に残したままなのだな……心配だろうな」

 隆司は顔をあげ


「いえ、大丈夫ですよ……ぼくみたいな、お荷物がいなくなって楽になったかも」

 急にさみしげに言う隆司に、シオンは少しため息をついたあと


「そうだ! いいものを見せてやる」

 そう言って隆司の手をとって外へ連れ出した。


「なんですか 」

 隆司は引っ張られ、晩餐会の部屋の外にあるバルコニーに出た。

「ああ、私も! 」

 桜花もついていく。


「こっ……これは! 」

 隆司は絶句した。


 見上げると砂を撒き散らしたような星空が、迫るように全天に瞬いている。

「こんなの、見たことがない……」

 隆司は言葉がない。


 シオンも一緒に夜空を仰ぎ

「どうだ、蒼天の里の最大の見どころだ」

「はい! 」

「いずれ、母上も連れて来るといい」


「そんなことできるのですか」

「隆司が来られたのだ、きっと方法があるはずだ」

 シオンは微笑んで言う。


 *****


 後ろで様子を見ていた千冬が、隣の春信君に

「シオン姫のあんな表情初めてです。いつも、周りを先導するため気を張っていたのに、隆司さんの前では」

「ああ、やっと対等に話せる相手が見つかった感じだな」


「そうですね、初めて頼れる相手なのでしょう。しかも同世代ですから、うれしいに違いありません」

「そうだな」

 にこやかに話をして、涼やかな風の中、ワインに口を付けている。

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