2 王都の街

 一刻あと ―


 麗蘭の町は活気がある。

  市場はにぎわい、屋台にはあでやかな衣類、新鮮な肉、魚介類がならび、売り手の声が町を盛り上げている。

 隆司達は一般人の服に着替え、宮廷人とわからないように町に出た。

 三人で歩いているが、桜花は少しふてくされている。


「どうしてお姉さまが付いてくるのですか。町に用はないのではないですか」

 シオンは、気まずそうに


「あぁ……まあ、大事な軍師に、なにかあってはいけないのでな」

 シオンは空々しく説得力のない言い訳をしている。


  いつも甲冑に身を固めているシオンと違い、庭園の時のように艶やかな長い髪をおろし、着物姿のシオンは、まさか猛将シオンとは思えないようで、通り過ぎる町人が振り返る美女だ。

  もし、シオンや桜花が隆司の世界に来て女子高生の服などを着て町をあるいたら、間違いなくアイドルにスカウトされるだろう。


 隆司は、こんな美女と一緒に歩くなど自分の世界では考えられない。どこか誇らしい気になってくるが、そんなことで浮かれる自分が小さい人間にも思えてくる。

 もっとも、自分のような落ちこぼれに、シオンのような美しく快活で聡明な人が振り向くはずはない。

 ぼんやりとシオンを見ていると、桜花が苛立ったように


「隆司様! 何を、お姉さまに見とれているの。それより、こんな安全な町で護衛など必要ないですよ。シオンお姉さまが護衛だなんて、世界最強の護衛をつけるようなものです。こんな安全な町の中で、大魔神が襲ってくるわけでもないでしょ」


 確かにシオンの戦闘力は項越とならぶ比類なき強さだ。シオンは少しばつが悪そうに知らぬ顔で黙っている。少し気まずい姉妹の間で隆司は話題を変え


「そう言えばシオン様は、かの大魔導師のレムリア様と互角だとか。シオン様は魔導師とも戦えるのですね」

 すると、シオンは意外なことを言う

「私に魔法の類は効かないのだ」


「魔法が効かない………」

 隆司は思わず聞き返した


「これは黄帝直系だけに受け継がれる能力で、私には一切の魔法や妖術の類は効果がない。先のアクラの魔導師の火炎を受けても私には熱くもなんともない。ただ、大魔法使いレムリアだけは違う。あ奴の魔力はケタ違いだ。町を廃墟にするぐらいの攻撃を受ければ、さすがの私でも多少ダメージをくらってしまう」

 隆司は、多少で済むのかと思った。


「そんなに、レムリアの魔力はすごいのですか」

「憎らしいが、あの魔女は大魔法使いと言われるだけのことはある。特に奴の放つ光の矢は強力だ。以前、蛮族がレムリアを怒らせてしまい、ランバルの南の端にいたレムリアが放った光の矢は、はるか蛮族の地の大きな山を吹き飛ばした。それ以来、蛮族の長は決して居所を明かさなくなった」


 隆司は、まるで誘導装置のないICBM(大陸間弾道弾)かと思い、そんな巨大な力を、やみくもに撃ち放つ大魔導師レムリアも恐ろしい。

 すると、つまらなそうにしている桜花に気付いたシオンは


「あ……まあ、そんな能力がなくても、やつには勝てるがな。それより……あれは桜花が好きな飴リンゴではないか一緒に買おう」

 話をはぐらかしたシオンだったが、あきらかに桜花を気遣っている。


 しかし、逆に桜花はシオンと隆司が話しているので、邪魔しないようにと思ってか「自分で買う」と言って、近くの屋台に向かった。


 桜花が離れるとシオンは隆司に小声で

「桜花には、私のような妖術や魔法が通用しない能力がないのだ」


 隆司は、えっ!と思うと

「そういった能力は、長男長女だけの一子相伝なのですか」

「いや、子には皆、受け継がれるはずなのだが………そのため桜花は、自分は黄帝の娘ではないのではないか、などと悩んだこともあった」

 すると隆司は少し考え


「受け継がれる能力とは、妖術が効かない能力だけなのですか」

「そう聞いているが……何か」


 隆司が何か思い当たるように考え込むと、シオンは何を考えているのか聞こうとしたが、そのとき桜花が戻ってきて、それ以上の話はできなかった。


 *****


 そのあと、三人は買い物をして屋台で食事するなど、ひと時の楽しい時を過ごした。最後にシオンが、言いにくそうに

「なあ、隆司、実は私は明後日ランバルに特使として向かうのだが。そのー……お前も来ないか」

「私が、ですか」


「いや、別に嫌ならいいのだぞ。まあ、どうしても、と言うわけでもないが」

 すると、桜花は感づいたようで

「ひょっとして、お姉さま。アシュルムですか」


 珍しく、シオンが辟易とした表情で頷くと、事情を察した桜花は隆司に向かって

「隆司様、これはご同行されたほうがよいですよ。ランバルの様子も見ておいたほうが、今後のためにもなると思います。実は、ランバルの王が最近ご病気で寝たきりになられ、皇太子のアシュルムに王位を継承されるそうです。でも、王が病気になられてからのランバルは少しおかしい気がするのです」


「そうですか、確かにランバルのことも知っておいたほうがよさそうですし」

 隆司が同意すると、シオンは笑顔で


「そうだろう、そうだろう。それでは、明後日出発だからな、準備しておけ。春信君しゅんしんくんの飛雄馬隊が同行してくれるから、二日ほどの距離だ。途中に春信君の国によるので、そこまで桜花も一緒にくるか。千冬ちふゆ様も会いたいと手紙がきていた」

 桜花は喜んで頷いた。


「千冬様とは」

「春信君の奥方だ。驚くほどの美人だぞ」

 シオンがそう答えて表情を観察される隆司は、返事のしようがなかった。

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