第3章 蒼天の里(春信君の国)
1 シオンと桜花
アクラを攻略し遠征から帰ると、シオンは黄帝の御前で報告をした。
横で聞いていた項越はうなるように
「我らが五年かけて落とせぬ城を、たった一夜で落とすとは……またも隆司殿の策と聞いてるが」
他の重臣も羨望の表情だ。
シオンの隣に立っている隆司は
「これは、シオン将軍の勇猛果敢な奮戦によるもの。それがなくては成功しない作戦です。私の策など、まぐれです」
謙遜して言う隆司に
「いや、これは隆司殿が奇策を思いつかれたもの、称賛に値する」
めったに人を褒めることのないシオンに周りは驚いている。しかも、同じ歳頃の者にだ。
「ところで、どうやってシオン将軍はアクラ城に入り込んだのだ」
項越のそぼくな疑問に隆司が答えようとすると、シオンは真っ赤になって隆司の口を押え
「それは項越殿………すまぬが今後も同じ手を使うこともあるので極秘にしておく」
さすがにシオンは隆司と夫婦になりすまして潜入したとは言えず、口元をおさえられた隆司は頷くだけだった。
周囲は
程なく会議が解散し出席者が部屋を出て行くとき、項越はシオンを呼び止めて耳打ちするように
「隆司は自分が勝利してもあまり喜ばず、悲観的に考えるところがある。それになぜか自分の命を惜しまないような気がする。ああいう奴は早死にする」
シオンも同じことを考えていた。
「隆司の作戦はいつも的中してきたが人は間違いを犯すもの。隆司は自分の策略に誤算が生じたとき、必要以上に落ち込みそうな気がする」
隆司を気遣うシオンに
「ほう、シオン将軍にはめずらしく、他人を気遣っているのだな。もっとも、そのような事態になったとき、貴殿の存在は大きいと思うがな」
意味深な項越にシオンは少しもどかしく
「ど…どういうことだ」
「ハハハ……まあ、シオン将軍と隆司殿が組めば無敵と言いたいのだ」
やや、からかうように言う項越に、シオンは少し睨むように、
「何が言いたい」
項越はシオンの言葉には答えず、笑って立ち去った。
いつも項越はシオンに気さくに接し、シオンも子供の頃から武術を教えてもらうなど、世話になり信頼を置いている。からかうようなことを言われても普段は無視して気にも留めていない。
しかし、隆司のことを言われると何かモヤモヤするが、決して悪い感じではなかった。
******
そのあとシオンは隆司と立ち話をしていた。
そこに、名前のとおりの桜の花をあしらった着物を着た桜花がやってきた。
「シオンお姉さま、おかえりなさい! このたびの、勝利おめでとうございます」
シオンは微笑んで頷いた。
すると桜花はシオンへの挨拶はそこそこに、隣の隆司に向かって
「隆司様、聞きましたよ。一夜であの難攻不落の城を落としたのでしょ、宮中や町でも話題です。その時の話を聞かせて」
そう言うと、桜花はわざとらしくシオンの前で隆司の腕にしがみついてくる。
それを見たシオンは少し動揺し
「これ桜花、そんなしがみつくと、隆司がこまっているではないか」
「だって、お姉さまはずっと、隆司様といっしょですけど、どうやってアクラに入り込んだのか軍師様の奇策の話を桜花だって聞きたいです。しかも、お姉さまと二人だけで忍び込んだとか……」
探るような目でみる桜花に、シオンは驚いて焦るように
「どこで、そんなことを」
「宮中で話題ですよ。父上と母上は、孫ができるのではないかと喜んでおられましたよ」
シオンは真っ赤になりながら
「隆司! 何が神算鬼謀だ、深謀遠慮だ、お前の策は、こういうところが抜けるのだな」
「そんなー」
桜花は笑って
「まあ、隆司様に限って、お姉さまとの間違いはないでしょう。でも、隆司様の奇策で、一日で陥落したのでしょ、すごいです」
"間違いはない" との桜花の言葉に少し落胆したが、すぐに気を取りなおし、隆司は真顔になると
「桜花様、奇策で相手を倒しても、よいことではないのです」
その言葉は単なる謙遜ではないように聞こえ、桜花だけなくシオンも隆司の次の言葉を待った。隆司は少し上を向き、自分自身に言い聞かせるように
「奇策や新兵器は相手の意表をつくもの、ある意味相手を騙す作戦なので確かに成功する可能性の高いものです。しかし、相手も学習するので、二度目はないと考えなければなりません。それに、奇策は早々思いつくものではないですから、いずれ万策つきます。しかし、シオン様のように真の強さを有する者に、そのような懸念はありません。奇策は本当の強さとは言えません」
冷静な考えとはいえ、シオンは先程の項越の言葉を思い出し心配そうに見つめている。
それを見た桜花は納得いかない、というよりシオンが隆司を心配する表情に。
「隆司様、そんな話、お姉さまにはよいかもしれないけど、普通の女の子は面白くないですよ」そのあと急に話題をかえる
「それより、お姉さま、これから暇ですか。よければ町にでませんか」
桜花はなぜかシオンに街に行くことを持ち出した。
「何を言う、町になど用はない」
シオンは、訳もなく町には出ることはない。それを予測していたように、桜花はしたり顔で
「じゃあ、隆司様、いいでしょ一緒に町にでましょうよ」
隆司は自分にふられ、羨望のまなざしで見つめる桜花に否定できず
「え……ええ、いいですけど」
と、うっかり言ってしまった。
桜花は、笑って
「それじゃあ、一刻あとお願いします。すぐに準備しますね」
そう言うと、桜花は駆けていった。
振り向くと、シオンが不服そうな眼で隆司を見つめ、フンとそっぽを向いて立ち去ってしまった。
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