5 戦姫の憂い
陽が昇ると、勝敗は決していた。
中央の宮殿はシオンの手中に落ち、広い宮殿の玉座の下にシオンがひとり座っていた。さすがに、玉座に座るような傲慢不遜な行為はしない。
そこに、隆司が散乱した宮殿の中に入ってきた。
「王はどうしました」
「自害した……」
鬱々とした表情のシオンに、隆司もうつむいて
「そうですか………家族は」
「もろともだ。あの子供達もいた……」
やるせない表情のシオンは続けて
「隆司、これが戦というものだ。昨夜は家族団らんを過ごしていたことだろう、それが一夜にしてこれだ。アクラ族も蛮族に脅されてやむなく我らと敵対したにすぎぬ。蛮族は自分の手を汚さず、かつての仲間同士を戦わせているのだ。その蛮族からの援軍は、あのわずかばかりの下級の魔導師だけで孤軍で奮闘していた。哀れなものだ」
シオンは、少し間を置き
「しかし、ひとつ間違えば、我らがこのような目になる」
いつにない弱気なシオンの言葉に、隆司も直ぐに言葉が浮かばない。そういえば、友達のいない隆司は、人を慰めるようなことをした覚えがない。
かける言葉のない隆司は、シオンの話を聞くだけだった。
するとシオンは意外な話しを始める。
「私は今まで多くの人を
シオンの声が少し震えている。
いつにないシオンに戸惑い、慰める言葉が出ない隆司は、普段思っていることを話した。
「僕はシオン将軍が、恐ろしい将軍とふれまわっているのは、敵や味方に過剰な恐怖心を抱かせて無益な反抗をさせないため、あえて自分が鬼になっていると思っています。よく一人で耐えていらっしゃる、さぞや辛いと思います」
シオンは苦笑いし
「さすがだな………隆司はなんでもお見通しだな」
褒め言葉のようなシオンの言葉だが
(僕は単に人の顔色を伺っているだけではないのか)
前の世界では、同級生、クラスに溶け込もうとしたが、話が合わないだけで、相手にうざがられ次第に敬遠される。助けることも、助けられることもなかった。
だれも自分のことを見てくれなかった。
俯いて、
「………シオン様!」
「このことはだれにも言うな、もし話したら斬る」
そう言ってシオンは隆司の胸元に顔をうずめ、少し肩を震わせている。
隆司は思い切って、両手で恐る恐る肩を掴んだ。
女の子を始めて抱きしめた……
思ったより華奢な体だ、これでよく大男を切り裂くことができるものだ。
それに、人の体って温かい……それは体温で温かいだけでなく、心臓の高鳴りとともに、心の中から温かくなるのだと思った。
隆司は小声で
「ぼくだって天国には行けません、自分がいなければアクラは落ちなかったかもしれない。辛いことをシオン様にだけさせている僕は卑怯者です」
シオンは隆司の胸の中で首を横に振った。
その後シオンは突き放すように隆司の胸元から離れると、深呼吸し隆司に背中を向けた。顔を伏せているが、涙ぐんでいるようだ。
シオンは後ろを向いたまま
「隆司、お前は変わったやつだな」
「………どういうことですか」
「私には、四天王をはじめ多くの豪傑がいて優秀な兵に囲まれている。しかし、誰一人心許せない。しかし、お前は弱いくせに、なぜか安心できる」
「そうですか……武術ではシオン様に敵わないし、そんなに頼りになりませんよ」
隆司が苦笑いして頭を下げる。
シオンは(わかっていないようだな、私の安心できると言った意味が。こういうところは知恵が回らないのだな)そう思うと、シオンは苦笑しながら
「そういえば、お前が言った北の門を開けていたおかげで、大部分の市民が逃げ延びたそうだ、礼を言う」
すると、隆司は
「いえ、単に開けているだけでは、混乱した人々は逃げられないでしょう。恐らく、攻め込んだ兵士に、北の門に逃げるようにと市民達に向かって言わせ、場合によっては先導させたのでしょ。私の言ったことだけでは不十分でした、礼を言うのは私の方です」
シオンは、フッと下を向いて笑うと
「先にいくぞ! 」
何か吹っ切れたようなシオンは、一人駆け足で宮殿を出て馬に乗り黒髪をなびかせて城門に駆けていった。
東の空に陽がのぼり、昨日と同じ朝がくる。
しかし、アクラに二度と朝はこない。
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