3 月夜と折鶴

 アクラの町の隅に宿を見つけると、夫婦と称しているので一つの部屋だった。

  小さな窓とベッドが一つだけの小さな部屋で、窓からの月明かりが部屋の中をぼんやりと照らし、目が慣れるとお互いの姿は見える


「いいか、これより近づくな」

「わかってますよ。僕も命がおしいですし」

「な……なに! 私をなんだと思っている」


 少し怒ったシオンに隆司は

「それに、女の人と二人で寝るのなんて初めてで………なんか緊張して」

 こわばった口調の隆司に、シオンは力が抜けた。


 ***** 

 

  シオンはベッドの上だが、隆司は床で寝ている。

 隆司はシオンに背を向けたまま、ぼそぼそと話しかけた。

「シオン様を敵地に潜入させるなど、危険なことをさせてすみません。それに、夫婦などと称して……」

 シオンは、下着姿で寝転んで窓に映る月を見ながら。


「かまわん。これで、まんまと潜入できたのだからな。しかし、私を潜入させるなど、普通のやつなら言えないだろう。これからも、いろいろ進言してくれ。だが、庭園であったときと、雰囲気がかわってきたな。多少は頼もしくなってきた」


「そうですか」

「でも、まだまだ頼りないな。だが、下手へたに屈強な兵士なら相手も警戒する。ひ弱そうな男に妊娠中の女性だ、万一敵だとしても何もできないだろうと考えるだろう。適役だ」


「ひ弱そうな男……ですね」

 不満な口調の隆司に

「ハハハ、見た目の話だ。私は見た目は気にしない」

「ほ……ほんとですか。みんな、そう言うのですが、結局は………」

 すると、シオンは起き上がって


「なんなら、証拠をみせようか」

「証拠って………」

 シオンは、隆司に四つん這いで近づいた。胸元が少しはだけ、シオンのなめらかな肌が暗がりの中だが薄ぼんやりと見え、隆司は息をのんだ。


「これでも、私は女だぞ」

 息遣いも荒くなっている。


「え! ええ………」

 隆司があとずさりすると、シオンは苦笑いし

「何を考えている。この変態が」

「変態って、シオン様が……」


 するとシオンは小声で

「せっかくなのに、お前が何もしてこないから……」

「何もしないって……何をすれば」

 呆けたことを言う隆司に、雰囲気とはいえ自分も誘うようなことをして急に恥ずかしくなり


「わっ……私だって、男と二人だけで寝るのなんて初めてだ。私も緊張してるんだ。何か、面白い芸でもしろ……ということだ」

 そう言って、シオンは隠れるように頭まで布団をかぶって

「隆司のヘタレが………」


 しばらく、沈黙のあと。

「なかなか眠れない。少し町を歩かないか」

「僕もです、そうしましょうか」


 ***** 


  服を着替えて旅館を出ると街はひっそりとして、開いている店はわずかしかない。これも蛮族に占領されているためだろう。


  隆司は歩きながら

「シオン様を城の中に入れてしまった時点で、アクラの落城は決したと言ってよいでしょう」

「それに隆司もいるしな。それより二人だけのときには“様”を付けて私を呼ぶな」


「え!……はい」

 隆司は驚いた、猛将シオンの言葉とは思えない。すると、シオンが手をにぎってきた。あわてて隆司が手を引こうとすると

「一応、夫婦だ。よそよしいと怪しまれる」

「は……はい」


 隆司は初めて女性と手をつないで歩いた、興奮して周りが見えないほどだった。

  しばらくして掘割沿いにある公園で休むと。

「数日後にはこの街も……」


「そうだな、宮殿も明かりがともっているが、麗蘭に比べてあまりに寂しげだ。王も苦労されているのだろう」

 町の中央の王宮を見つめるシオンの表情は悲しげで、ときどき強く手を握ってくる。

「かえりましょうか」

 シオンは頷くと、宿に戻って行った。


 ******


 翌日からシオンと隆司は町の中を歩いて、兵の配備、宮殿の位置、門の施錠の状況など確認すると、夜は宮殿の攻略方法などを検討した。

「アクラの内部の状況もよくわかった、攻め込んだとき大いに参考になる」

 そんなシオンに隆司は


「攻めこんだときに、北の裏門は開けて、そこには兵を回さないようにしてくださいませんか」

「逃げ道を作っておくのか」


「はい、もし逃げ道がなければ、死に物狂いで戦うでしょう。場合によっては市民も戦うかもしれません。しかし、逃げ道があれば、助かるのですから当然逃げる者が出ます。そして、戦力は減り、多くの住人も助かるでしょう」


 シオンは、隆司を覗き込むように見つめると

「隆司らしいな、気が進まないが言う通りにしよう」


「ありがとうございます。それと、略奪や虐殺行為は厳禁としてください」

「私を、なんと心得る。そのような下劣なことは常々厳禁としている」

 厳しく言うが、口元は微笑んでいた。


「それより、気になっていたのだが。腰につけている折り紙は鶴か」

 シオンは、いつも隆司が腰に下げている折鶴を見て言った。


「はい、ぼくの世界では、病気のお見舞いに贈ることが多いのです」

「隆司は前の世界が気になるのか」

「いえ、そうでもありませんが。よく母や幼馴染が折ってくれてましたので」

「幼馴染とは……女か」


「はい」と答えると、シオンの表情が少し動揺したようで少しにらみつける。

「ええー! 幼い頃で……今では相手にもされません」

「何も、そんなこと聞いてない! 」

 怒ったように言うシオンだったが、そんな自分に苦笑いしたあと


「私にも折ってくれないか」

 気を取り直して笑顔になったシオンに

「いいですよ。よければ折り方を教えてあげましょう」

「ああ、是非お願いする」


 そのあと隆司はシオンに、鶴だけでなく他の折り紙も教えた。隆司にとって折鶴は、辛い現世うつしよの中で、唯一心なごむアイテムだった。


 そして今は、嵐の前のひとときの安らぎの思い出に変わっていく。

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