2 潜入

 アクラ城ではシオン軍が向かっているとの情報で警戒しているが、まだ三日ほどの距離なので、一般市民や旅人が通る小さな通用門は開かれている。


 シオンと隆司は、背中に木箱を背負った行商の薬売りに扮して通用門に向かった。

 門は警戒が厳重で素性のはっきりした者や、アクラが発行した許可証がないと入れず、その確認のため行商人や旅人などの長い行列ができている。


 シオンと隆司は目の前の城壁を仰ぎながら

「さすがに大きいですね麗欄の城壁より高い。これでは攻めようがない」

「その通りだ。登れるものではないし、まして破壊することなど、とてもできない」

 城壁を仰ぎ見たあと隆司は隣のシオンを見て、先ほどから落ち着かない


「シオン様………そこまでしなくても」

「何を言う、この作戦は、お前が言いだしたのだぞ。最後まで責任をもて。それに、こうした方が怪しまれないぞ」

「たしかに、そうですが………姉弟でよかったのではないですか」

「ばか、私たちはどう見ても似ていないだろう。夫婦の方が自然だ」

 シオンは笑っている。


 そんなシオンの姿は、腹に布を入れ妊婦の姿で列に並んでいた。ここでの女性は十五歳くらいで嫁にいくので、隆司とシオンくらいの夫婦がいてもおかしくない。


 さらにシオンは、周りで開いている露店を見て、はしゃいでいる。

「隆司! みろこの人形可愛いな」

 隆司は小声で

「シオン様、どうしたのです。そんなに浮かれて」

 するとシオンは

「よそよそしいと疑われるだろ。仕方なくはしゃいでいるふりをしているだけだ。……ああ! この飾りも綺麗だぞ」


(そんな風には見えないけど。まあ、せっかくだし)

 隆司は、屋台を見渡して適当にかんざしを選んだ。


「これを余に………私にか」

 意外な表情のシオンに

「安物ですが。女の人に送りものなど初めてで……ああ、これもバレないようにするための作戦の一つということで」


 するとシオンはひしっと抱き抱え

「わかった、いただいておこう」

 その後も上機嫌で露店を回った。


 *****


 周辺を見たあと、城内への入国審査場に向かい隆司達の番がまわってきた。シオンは先ほどから落ち着かない隆司に小声で

「落ち着け。どうみても怪しまれることはない。まさか麗欄の鬼の将軍が目の前にいるとは夢にも思わないだろ」

「は……はい……」

 隆司は、緊張しながら衛兵の前にいくと


「許可書か、アクラの住人証はあるか」 

 事務的に話す衛兵に

「あ……あのー……ないのです。実は、ここに立ち寄るつもりはなかったのですが。そのー、ごらんのとおり……つ……妻が身重なもので。これ以上旅は続けられないので、ここに置いてもらえないかと」


 シオンは隆司を小突きながら「堂々と言え」と小声で言うが、隆司はしどろもどろだった。衛兵はシオンを見ると、うなりながら


「それは、気の毒だが。許可証がないと入れるわけにはいかない。規則だしな」

「そこをなんとか。シオン軍も迫っていると聞いていますので」

 隆司は懇願するように言うとともに、そっと衛兵に金銭をにぎらすと、衛兵たちは後ろで話し合いを始めた。


「敵の間者ということはないか」

「たとえ、そうだとしても、二人だけで何ができる」

「確かに、男の方はどう見てもひ弱で、兵卒には見えないし女は妊娠している」

 しばらく話し合ったあと


「一応、お前たちの素性を示すものはあるか」

 隆司は用意していた隣国の住人証を見せた。むろん偽造だが、衛兵は簡単に確認して麗欄やランバルの住人でないとみると、隆司とシオンを中に入れてしまった。


「しかし、きれいな嫁さんだな。うらやましいぞ」

「い……いえ……」

 隆司は頭をかきながら、衛兵の横を通り過ぎてアクラの城塞都市の中に入っていく。


 ******


 そのまま隆司とシオンはアクラの城塞都市の中を歩いた。

 麗欄ほどの賑いはないが、町の中は露店も出て人通りも多い。それに、シオン軍が攻めてくるにも関わらず、あまり緊迫していない。これまでもシオンや項越が何度も攻めてきたが、全く歯が立たないため、城塞の中はいつもと変わらない様相のようだ。


「シオン様、時々色の白い、裾の長い黒服を着た人がいますね。なんか、男か女かわからないような」

「あれが、蛮族の魔導師だ。この魔導師は火炎を使い、奴らに散々な目に合わされている。あの冷めた目を見ると虫唾か走る」


 シオンはすぐにでも斬りつけたい衝動に駆られているが、刀剣は携えていない。


 蛮族の魔導師は、能面のような無表情な顔立ちで、アクラの住人とはほとんど接触がない。というか、見下しているような感じだ。見た目は宦官のようで弱そうだが、魔導師の戦闘力はかなり高く、数人いるだけでも大きな戦力となる。


 隆司が注意深く観察していると、シオンが

「どうした、めずらしいか」

「ええ、いずれは戦う相手ですから、よく見ておこうと思いまして。魔導師とは皆、あんな感じなのですか」


「蛮族の魔導師は、あのように、白く無表情で気持ち悪い。そのため、魂を抜かれている、などと噂されている。だが、レムリアの元にいる魔導師は普通の人間と同じだ」

 魔導師が立ち去った後、隆司はシオンに振り返り。


「それより、宿をさがしましょう」

 シオンも頷いた。


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