第2章 北縁の孤城アクラ
1 猛将シオン
北へ通じる街道の要衝にある小都市アクラの攻略は、蛮族へ反撃を試みるための糸口で、
しかし、鉄壁な城塞都市で遠方なこともあり、最初は項越があたり、今はシオンの四天王の武将も参戦していたが、全く歯が立たない状況だった。
そんなアクラに向かって、シオン自らの親征で、二万の軍を率いて平原を行軍している。
隆司は黄帝の命令でもあるが、シオンの戦い方には興味があった。
麗蘭の三軍の中で最強と言われるが、どの程度のものか自分の眼で確かめたかったが、シオンは先の庭園の一件以来、隆司とは一度も口をきいていない。
隆司もあせることはないと淡々と行軍に従っている。
******
そんな折、敵の迎撃部隊と対峙した。
シオンは本隊を背後に置いて威力偵察的に先行して進軍していたので、手勢の兵の数は三百程度。
なだらかな窪地状の平原を挟んだ丘の上に両軍が陣取り、それぞれの陣地には旗などが乱立し、騎馬や槍を携えた兵が睨みあっている。
シオンは友軍の先頭で敵を見据えていた。
ここで、シオンは初めて隆司をそばに呼んだ。
「どう見る」
「敵の数は千以上でしょうか、我らの三倍以上です。勝つのは無理でしょうから、一度引き返して本隊と合流したほうが」
隆司が提言すると、シオンは少しきつい調子で
「隆司、今のは戦略的な意味だから許すが、私の前で『無理』などと言う無能は叩き切る。それと、私を侮るな。あの程度の敵、ものの数ではない」
シオンは余裕の表情でいる。
隆司はここでシオン軍の力量を見ておくのもよいかと思い、
「失礼しました。御意のままに」
そう言って頭を下げると、シオンは敵を鋭い眼光で見据えたまま頷き、黒髪を風になびかせ、独り言のように口を開いた
「アクラはこの創聖神界の辺境の一族で、蛮族の地とも近いので鉄壁の居城を造っている。アクラはもともと質素で誠実な国で、国王とも会ったことがあるが、可愛い娘と息子がいて、子供思いのやさしいお方だ」
シオンはやるせない表情をしている。
そんなシオンに隆司は
「気になっていたのですが、蛮族の長とはどんな奴なのですか」
「最近は、誰も見たことがない。年齢、性別、素性、性格など何もわからない、あの大魔導師レムリアにさえ姿を見せていない。とにかく、軍を増強し民を窮させ、さらに恐怖で国を統治する。アクラ族も蛮族に
シオンが敵の先軍主義を批判するようなことを言い、隆司は意外に思った。
国を思う気概のもと戦争を好む者かと思っていたが、そうでもないのだろうか。それに、アクラ族のことを思うと胸が痛んだ、先のイザルの国も同じだ。
隆司がやるせない表情をしていると、シオンは蔑んだ目で見つめ
「アクラ族には悪いが、倒すしかない」
そう言うとシオンは「見ておれ」といった表情で手を挙げ
「つづけ! 」
その一言で何の前触れもなく、いきなりシオン自身が先頭に立ち、敵に突撃する。
「ええー! 」
真っ向勝負に挑むシオンに、隆司は驚いて「そんなので、兵が付いて行けるのか」
と思ったが、当然のように兵は速やかにシオンに付き従って行く。
見ると一見無策のようだが、十分に鍛え抜かれ統率された動きで、まるで戦国武将の織田信長のような戦いぶりを感じ、性格も似ている気がした。
シオンが自陣の丘を駆け降りると敵も動き出した。
シオンは窪地を突っ切り、敵の陣取る丘を登って迫っていく。下ってくる敵に対するのは不利だと思ったが、シオンの勢いはすさまじい。
(すごい、砂塵の谷で見た項越将軍や春信君の軍より、はるかに勢いがある)
際立ったのはシオンの強さだ。
先頭を駆け抜け十数人は切り倒し、まさしく一騎当千の奮戦だ。槍を振り回すが、項越などのように力で押すのと違い、舞を舞うような可憐さで斬り倒し、敵は二もなく崩れていく。
圧倒的で、ものの十数分で敵は壊走し始めた。
シオン自身は、一気に敵の大将に肉薄し追い詰めた。
シオンは敵将を捕らえると、すぐに首を刎ねるかと思ったが捕虜にして連れ戻った。
隆司は、皆が噂するシオンと少し感じが違った。負かした相手を皆殺しにすると聞いていたが、意外にも捕虜にしたのだ。
******
戦いが終わると、シオンが隆司のそばに戻ってきた。
「どうだ、見たか我が軍の強さを」
誇らしく語るシオンに、隆司は羨望の眼差しでシオンを見つめ
「はい、想像以上です! 私の策など子供だましのように思えてきました」
隆司の褒め言葉と表情にシオンは満足そうに
「そうであろう、策を弄せずとも力があれば勝てるのだ。しかし、私も何も考えずに戦っているのではないぞ」
「はい、十分な勝機を確信されていたのでしょう。それと、私にシオン様の戦いぶり見せていただいたような気がしました」
シオンは、フッとため息のように微笑むと。
「隆司殿は、なんでもお見通しだな」
皮肉のように言ったが、悪意のない笑顔に思えた。笑顔のシオンは甲冑に身を固めているものの美しく、何者も寄せ付けないような気高さがある。
******
先の一戦のあと、隆司はシオンと一緒にいることが多くなった。隆司は行軍の休憩中、シオンにアクラ城のことを聞いた。
「アクラの城は山体を背にした要塞で、高い頑強な城壁に囲まれている。さらに、城の中で農業が営まれ食料にも窮せず、兵糧攻めも効果がない。結局、遠征して攻めている側の兵站が疲弊し撤退せざるを得なくなる」
「城の内部に潜入して、なんとか城門を開けるしかないですね」
「そんなことは、わかっている。これまでも、潜入するためトンネルを掘ったりしたが岩盤が固くて掘れるものではない。間者を潜入させ内通を試みたが、門を開けさせる話しに乗る訳がない」
「それなら、
すると、シオンは馬鹿にしたような目で
「真面目に考えろ! そんな、子供だましの手に乗ると思うのか。敵からの貢物だ、内部を徹底的に調べるのが普通だろ。そんな馬鹿な相手ならここまで苦労するか」
隆司は、ごもっともと言いたげに頷いて。
「シオン様……影武者をたてることはできますか」
「………私の影武者。どういうことだ」
「これは、シオン様でないと、いえシオン様がすべき秘密の作戦ですが、聞いていただけますか」
急に眼光鋭くシオンを見つめる隆司に、シオンは圧倒された。今までの隆司と別人だ。
シオンは、先般の隆司の書簡を思い出し、双瞳の奥に秘められた秘策に胸が高鳴ってくる。
思わず「ぜひ聞かせて! 」
隆司の手を両手握って羨望の眼差しですがるように迫ってくる。シオンらしからぬ女の子のような言葉使いと所作に周囲も驚き、隆司も少し引いた。
周りの呆気にとられた様子に気づいたシオンは、慌てて
「……まあ、聞いてやらなくもない。早く申せ」
気まずい感じで、言い直した。
「わっ……わかりました。それでは失礼して」
そう言うと、隆司は恐る恐るシオンに耳打ちする。
最初は怪訝な表情だったが、最後は笑いながら頷いた。
その翌日、女性兵がシオンになりすまし、シオンと隆司は、二人だけで密かに先行してアクラ城に向かった。
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