3 砂陣の谷の攻防(2)
前方で歓声が上がっている、敵と遭遇したのだ。
剣のふれあう音、馬車のひづめと
「項越将軍! 戦況は」
汗だくになって項越は戦っている
「わからん! この砂塵で状況がつかめん。思ったより手強いぞ! 」
敵も、相手が黄帝の第一軍で、最強の地上軍と知っているので強い兵力を残していた。
隆司の回りには、味方より敵の方が多くなっているような気がする。
そのとき、隆司の馬車に横から敵の戦車が突入し、横転した馬車もろとも隆司達は放り出された。
「項越将軍!」
隆司は、戦場のまっただ中に放り出され砂塵で項越も見えない。隆司は死んだふりをしようと、倒れた兵士の横に伏してうずくまった。
興味本位で前線に出たことを後悔した。
「ここは戦場なのだ………l
歓声、悲鳴がこだまし、剣が打ち合う金音がすぐそばでしている。
自分に武器はない、見つかれば簡単に殺される。死がそこらへんに転がっている世界、次から次と命が、まるで消耗品のように失われていく。
自分の命もその程度……いや、この人たちの方がよほど生きるに値すべき人たちだと思うと、むなしくなってくる。
いくら生きようと努力しても血管が一本詰まっただけで人は簡単に死ぬ。
なぜか、あれほど死にたいと思っていたのに、今は何としても生き延びたい、これで終わりにしたくない。
それは、自分だけの意思ではないような感覚もあった。
そんなことを考えていたとき、前に誰かが立った。仰ぐと、敵の兵士だ
「しまった! 」
死んだふりを決め込んでいたのに、うかつ動いてしまった。
「だめか………」
兵士が剣を振りかざしたとき、真後ろから、ヒュウと鋭い矢が頭上をかすめると、敵の胸元に突き刺さり兵士は、そのまま後ろに倒れた。
振り向くと、地上すれすれに砂塵の中から大きな物体が滑空してくる。それは次第に形をなし、白い飛雄馬にまたがり、漆黒の長髪をなびかせ、弓をもった騎士
「春信君!」
隆司は思わず叫んだ。
春信君は隆司の前をかすめると、あの済んだよく通る声がする
「隆司殿、見事な戦術だ」
春信君はにやりと笑った。
春真君は離反したとみせかけ、相手を油断させ包囲の隊を手薄にし、伸びきった敵の軍を側方から突いてきたのだ。
春信君は、飛雄馬からとび降りると、主のいない馬にまたがり隆司のそばに行き
「砂塵が舞いすぎて、空からでは敵か味方かわからない。このまま、馬で戦う」
「でも、飛雄馬は」
「心配するな、近くの岩山に待機するよう、しつけてある」
そこに春信君の手勢が集まってきた。
隆司は春信君の後ろに乗せられ、号令と共に春真君の騎兵は一気に突き進んだ。
春信君の精鋭隊は騎兵となっても屈強だ。一気に蹴散らし砂塵の外に出ると、すでに混乱した敵兵は逃げまどっている。
「風のようだ……」
乱れる戦場の真只中を春信君は突き進む。
(すごい! ちょっと女性っぽい人だけど、今はまるで鬼神だ)
「敵の大将に突っ込むぞ!」
雑魚には目もくれず、手勢は一丸となって進むと、敵兵の中に旗をかざした一団が見えた。
その一団は春信君に気がつくと、逃げ切れないと思って、向きを変え迎え撃つ体制を整えた。
春信君は、速度を緩めない。兵力は五分五分と思われるが、春信君の勢いはすさまじく、一気に突き進み、敵の大将と対峙すると馬首をとめた。
すると、敵の大将らしき武者が
「春信君とおみうけした! 」
「いかにも! そこもとは、イザル将軍か」
「そうである、もはや覚悟を決めた。貴殿らの奇策に当方がはまり無念である。ここは、武士の情け一騎打ちを懇願したい」
「望むところ!」
春信君は隆司を、空いた馬にうつすと剣を抜いた。
「その小姓はだれか」イザルがいぶかる
「その辺で、うろついていた子供よ」
イザルはさらに隆司にこだわった
「春信君がお連れするとは大事な小姓であるな」
「ただの水汲みよ」
イザルは隆司を見据え少し間を置いたあと、覚悟を決めたように春信君に向かい。
「まいる!」
叫ぶと、馬を春信君に向かって突撃させた。
春信君も馬を走らせ、イザルは汗をかき必死の形相に変わる、一方春信君は余裕だ。
恐らく春信君の実力はかなりなのだろう、イザルは死を覚悟しての一騎打ちだと隆司は思った。
二頭の馬が交差し、春信君はイザルの太刀を交わしたあと相手をとらえ、手ごたえを感じたが、二の太刀が来ない。
イザルは手傷を負い体が前へ付したまま春信君から離れて行く。
そのとき春信君は相手の意図がわかった
「しまった!」
叫ぶと、春信君は馬首を返しイザルを追った。
イザルは深手を負ったものの、そのまま隆司に向ったのだ。
イザルは初めから隆司を狙い、最初の刃を交わすことにより春信君を隆司から離すことを考えていた。隆司は自分に向かう敵に青ざめた。
全力で後を追った春信君は自分の失策に声を絞るように叫んだ
「不覚! 間に合わない!」
イザルは隆司の前にくると、上段に構え
「覚悟! 」
隆司は避けようとして、馬から落ちざまにイザルの刃を受けてしまった。
「うわ! 」
隆司は痛みというより強く殴られた衝撃を感じ、その場に倒れた。しびれるような感覚で肩先から血が流れ出してきた。
馬を降り隆司にとどめを刺そうとしたイザルが、刀を振り下ろした瞬間、目の前で火花が散る。
隆司の胸元で、もうひとつの大刀がイザルの剣を受けていた。
「斬鬼十字槍! 」
項越だった。
イザルは悔しさをにじませ
「これは武神項越! もはや、これまで………」
イザルはうつむくと、項越の刃にかかった。
******
倒れたイザルに春信君も近寄ると、瀕死のイザルは
「子供を狙うとは卑怯と思われよう……しかし、たとえ将軍一人、生きていようと百の兵しか倒せまい、しかし、この小僧は一人で数万の味方を殺す者となろう……」そう言い残して息絶えた。
一方、隆司もかなり深手だった。動脈が切られ、自ら流した血の海となっている。かなり重症でこれは助からない。
春信君はこぶしをにぎり
「私としたことが……」
隆司は、薄れゆく意識の中で
(結局、死ぬ運命だったんだ。………最後に体の自由がきき、少し夢をみさせてもらっただけだ………でも、死にたくない)しらずに、悔し涙がでてきた。
霞む意識の中で、自分を呼ぶ声がした
「りゅ……じ………」
あの、病室で初めて聞いた声。
「桜花……さま。きれいなお声だ………」
霞む視界の中、走ってくる桜花の影が見え、意識がなくなった。
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