3 砂塵の谷の攻防(1)

◇敵将イザル


「黄帝の三大将軍の一将、春信君の飛雄馬隊が飛び去っただと! 」


 包囲している敵の将、イザルは思わぬ報告に驚いた。

「さすれば、黄帝も飛雄馬隊と共に脱出したということか。春信君が離反したとも聞いているが、あの忠誠心厚い春信君が離反など考えられない。となると策略か………」


 さらに、捕まえた黄帝の伝令の持っていた密書には、援軍に向かっているシオン将軍を反転させ、王都を攻めろとの指示が書かれていた………イザルは乱れ来る情報に、相手の行動を図りかねている。


「今、首都は手薄です。このままでは首都が陥落します。しかも向かっているのがシオン軍となると、王のお命も危ない………」

 腹心の言葉に「わかっている」と言いたげに頷くと、思案した。


 この判断を間違えると大敗する。


「図られたのか………首都に向かったシオンは苛烈な将軍だ。わが国王のみならず、王都は血の海になるだろう。最初から我らをおびき出し、王都を手薄にする作戦だったのか………しかし、シオン軍を準備していたとも思えないし、黄帝自身が囮など危険すぎる」


 イザルは独り言のように呟き、敵の行動に頭が混乱する思いだ。


「すでに黄帝が逃げたとなると、一日もここでグズグズしているわけにいかない。速やかに首都の援軍に向かわねばなるまい」

 しかし、腑に落ちなかった。

 それは根拠のあるものではなく、感であった。


「そう言えば、財宝探しと言いながら、項越将軍と桜花姫と思しき人物が、山中から少年を連れ帰ってきた報告もある………何より黄帝は、ほんとうに逃げたのか……どこか……おかしい」


 一時的な和睦も考えたが敵は首都攻略に向い、イザルの軍をくぎ付けにするため、その提案は飲むはずがなく、黄帝の軍は決死の覚悟で時間稼ぎの持久戦に持ち込むだろう。圧倒的に優位と言っても簡単に攻め落とすのは難しい。


 イザルは迷い逡巡した挙句、目の前の黄帝軍を一万の兵で包囲し、残りの二万を後退させることにした。

 本国を救援したのち、引き返して黄帝を討ち取る。防戦に徹し春信君もいない今の黄帝の軍に対してなら、一万程度で持ちこたえると考えた。  


◇反撃


 項越は退いていく敵を隆司と崖の上から見ていた。その横には桜花もいる。

「隆司殿、見事的中しましたな。相手は退いていますぞ。しかし、まだ我が方の倍は残っている」


「倍程度なら、完全にこちらが有利です。包囲戦を有利に進めるには数倍の戦力が必要です。包囲するには当然広く兵を配置しなければなりません。見てください、各部隊は薄い陣形になります。あの陣形ですと、逆に攻められると弱い。明らかに敵は時間稼ぎを考えています、われらが防戦一方と踏んでいるのでしょう。我が方としては一点集中で手薄な箇所に突撃すれば、敵を分断し壊乱できます」

 隆司は、自分の案が的中したことに武者震いを覚えた。


 横にいた桜花が

「でも、こんな劣勢で、本当に勝てるの」

 心配そうに言う桜花に、隆司は落ち着いた声で

「さらに春信君の離反で、勝利は確実と思いました」

「どういうこと」


 桜花はわからないが、それ以上は機密になるので答えられない。隆司は桜花に笑顔を向けたあと、項越と騎馬隊に向かって歩きだした。

 一方、桜花は、その場にたたずみ見送るしかなかった。


(軟弱者のくせに、私なんか眼中にないってこと。でも……へたれなんかじゃ。ないじゃない)桜花は、小さい隆司の背中が、並んで歩く巨漢の項越よりも大きく見えた。


 ******


 三日後の早朝、項越は兵の前で激をとばす。

「今や敵は、敗走していると言ってよい! 全員一丸となってこの危機を脱するのだ! 」

 兵から歓声が上がった。

 そして、雪崩をうって陣地から飛び出していく。


 先頭を馬車が疾駆する。続いて歩兵が槍を突き出しての突撃、それは土石流のような怒涛の荒波のようだ。


 この数日、黄帝は全く動きを見せなかったので、イザルは黄帝が防戦に徹していると踏んでいた。まさか討って出るとは思ってもみず、防御が間に合わない。


「敵が、防御する前に中央を突破せよ」


 戦端が開かれ、激しい戦いが始まる。

 勢いのある項越の奇襲にイザルの軍は壊乱し、統率を失っていく。

 項越の軍は容赦なく矢のように一丸となって手薄の箇所を突き、包囲網を分断し、敵は制御を失い四散していく。


******


「項越将軍、僕を乗せてください」


 隆司が出陣する項越に言った。

「隆司殿、前線に出る気か」

「はい! 」

 項越はニヤリと笑い。

「その心意気や、よし。乗れ! 」


 隆司は志願して項越の戦車に乗せてもらった。

 表向きは軍師自ら前線に出て、兵士たちの信頼を得ようとしてのことだが、実際は攻勢になった自軍を見ての、単なる興味本位、ゲーム感覚だった。

 ただ、その慢心は、思わね危機をまねくことになる。


 隆司は初めて戦車に乗った。戦車と言っても四頭の馬に引かれた馬車状の戦車で、隆司は御者と項越の間に挟まって、大きく揺れる車に必死で捕まっていた。

「すごい! 」

 戦場を駆け抜け、爽快な気分だ。


 砂塵があがり、走る兵士達の後ろ姿が見え隠れする。

「護身用だ」

 美しい鞘に納められた短刀をわたされたが隆司は拒否した。自分ごときが兵隊を倒すことなど出来ない、それに今さらという気持ちもあった。

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