2 隆司の戦術(3)

 翌朝、飛雄馬は空中でしばらく旋回し飛び去っていくのを、隆司は項越と眺めていた。

「密かに去ってくれればよいのに。こんなあからさまに出ていくなんて。僕へのあてつけか」

 すると、項越が消沈する隆司の肩をたたき。


「春信君のことは気にすることはない、ここにいる将軍達はそれぞれが、領土を持っている領主たちなのだ。しかし、それぞれの領地は小さいので、黄帝の元に集まり麗欄国として団結している。みな黄帝を慕い忠誠を誓っているのだが、あの春信君がそむくとは……意外と結束は脆いものだな」


「そうなのですか。それならば、もっと慎重にすべきでした」


「いや、今きたばかりの者にそこまではわかるまい。離反する春信君こそ悪いのだ。しかし、お前はなかなかの知恵者だな、あのような策が思い浮かぶとは。まあ、春信君がいない今、我々は決死の覚悟で黄帝をお守りする」

 項越は意外にも隆司の策略に感心しているようだが。


「ほかの武将は私を恨んでいるのに、項越様は、どうして私と話をなさるのですか」

「先ほども言ったろ。貴殿の策に感嘆しているのだ」

 どうも、心からの言葉とは思えない。


「ひょっとして、黄帝様に言われたのでは」

「……そんなことは……ない」

 一瞬、言葉を詰まらせた項越に、わかりやすい人だと思った。壮年の男ではあるが、知識は自分の方がはるかに上のような気がする。


 しかし、春信君は自分の策が気に入らないとしても、黄帝の片腕の将軍で、だれよりも忠誠を誓っているはずなのに、あからさまに離反するのはやり過ぎだ。

隆司は春信君の行動が、どうしても解せない


「なにか、あるのだろうか………」


 ******


 考えている隆司のそばに、つかつかと肩をいからせた桜花がやってくると、隆司の前に立ち険しい表情で、いきなり隆司の頬をひっぱたいた。

 隆司は驚いて

「桜花様!……なにを」


「隆司! あんた、春信君を怒らせたのだって! あのお方がいなければ、もうだめよ! あのお方は一見女性的だけど、その強さは半端じゃないのよ」

 怒りで涙目になっている桜花に、返す言葉がない。


「わたしはいいのよ。でも麗欄でまっている母上が悲しむ……それで少しは期待してた。でもこんなことになるなら、あのときこの剣であなたを刺しておけばよかった」

 すると項越が


「黄帝も桜花様には覚悟せよと言われている。桜花様の腰の短剣も先日、陛下から授けられたもの。敵と戦うものではなく、いざというとき自らの命を絶つための剣だ」


「項越! 口が過ぎますよ。私でもこの状況を脱することは神でも難しいことはわかる。無理言ってついて来たのだし覚悟はしています。これでも黄帝の娘だからね………」

 気丈な桜花は、歳下とは思えなく凛々しい。ただ、桜花の手は小さく震えていた。

 隆司は低頭し


「す………すみません、私の軽率な意見で春信君が離れることになり」

 項越は黙っているが、桜花は涙目になって隆司に向い

「無論だ! お前は馬鹿か、このへたれが! 私が姉上のように強ければ………」

 桜花はこぶしを握りしめて震えている。


「姉上とは……」

 隆司が恐る恐る聞くと項越が

「桜花姫の姉はシオン将軍だ」


 隆司は、少し意外に思った。桜花は聞いているシオンの雰囲気とかなり違う。

「そうでしたか………」


 涙を浮かべた桜花は、飛び去る飛雄馬を見て

「春信君が飛び立つのは敵にも見えているはず……もうだめだわ」



「見えている………」



 隆司は桜花の言葉で気づいた

「敵にも見えている………そうか! それで、春信君はあからさまに、飛び立っていったのか! 」

 突然、隆司は微笑んで声をあげた。桜花と項越は呆然と隆司をみつめ。


「どうしたの! 」

 隆司は、桜花の声はうわの空となった。

「あっ……いや、まだわからないので何ともいえません。とにかく準備をしなくては。項越将軍、敵の祖国の状況を教えてください、私はシオン将軍への戦略を考えます」


 先ほどとは変わった隆司を見て項越が言うと

「どうしたのだ。急にシオン将軍への戦略などと」

「そうよ、どうしたの」

 桜花も聞くと。


「もし、自分が敵の立場だったとします。追い詰めた決死の黄帝軍に対し、飛雄馬隊が飛び去っていった、そして援軍は反転し祖国に向かう………」

 項越と桜花は眼を見合せた。隆司は、褐色の原野の先にうごめく、敵の陣容を見て確信した。


「この戦い、我々の勝ちです! 」


 項越と、桜花は隆司が発した「勝ちです」の言葉に呆然としている。

 そして、勝機を確信した隆司の瞳に光が戻っていた。

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