2 隆司の戦術(1)

 考える間もなく隆司はいきなり、軍議の席に呼ばれた。

 桜花は外に待たされ、中央のひときわ大きいテントの中に入ると、床几に腰掛けた屈強そうな武者が両脇に向かい合ってずらりと座っている。

 隆司は、武将達に一斉に睨らまれ、圧倒された。


 居並ぶ武者の最奥の一段高い玉座に、金、銀をちりばめた鎧を着飾り、精悍な顔立ちに鋭い瞳の黄帝が座している。堂々とした風格で、威厳をもった鋭い瞳は心の中まで見通されるような強い威圧感で隆司は言葉もでなかった。

 ただ、なぜか、その顔にどこか見覚えがあるような気がする。


「こちらにこられよ!」

 黄帝の良く通る声がした。


 背負ってくれた項越の後ろを身をすくめてついていく。(こんな子どもが!)という冷ややかな猛者達の目が突き刺さる。

 隆司は、項越将軍の横に小さい床几が置かれ、座らされた。このような軍議での椅子の順は序列に関わる重要なもので。隆司の位置は側近の大将軍項越の次に位置し、前代未聞の大抜擢ともいえる。


 黄帝は一同を見渡すと。

「これから軍議を行う。隆司殿はとりあえず話を聞かれよ」

 そう言うと、あからさまに不満を浮かべる将達をよそに、黄帝は軍議を始めた。


 ******


 偵察に向かった兵が中腰で黄帝の前にでると、墨で描かれた地形の絵図をもとに説明を始めた。

「我が部隊五千はこの谷間に位置しています、広い谷ではありますが、谷の出口には蛮族の軍隊三万が退路を塞ぐように陣取っています。後背の山地は急峻で退却はできません」

 いわゆる袋のねずみだ。


「本国からの援軍はどうした」

 武者の一人が聞くと

「はい、第三の将、シオン将軍がこちらに向かっておられます」

 すると、武者たちの顔色が変わった。


「おおー!」

「かの、シオン将軍の部隊か!」

 どよめきが上がる。


 隆司は横の項越に

「シオン将軍とは」

「我が麗蘭国には黄帝直属の三軍があり、それぞれに将軍がいる。一軍がこのわし項越、向かいに座る春信君しゅんしんくんが第二軍、そして第三軍の将がシオンだ」

「シオンとは、女性のような名前ですね」

 項越はにやけると


「そのとおり、女だ。しかし、名前とは裏腹に恐ろしい女だぞ、少しでも気に入らぬと容赦なく首がとぶ。それゆえ、敵味方問わず恐れられている。しかし、こういう時は頼もしいがな」

 隆司は息を飲んだ、まったく戦場には野蛮な奴しかいないのかと思った。報告が終わると黄帝が続ける


「しかし、敵は大軍で包囲している。しかもシオン将軍が援軍となると、敵も早急に総攻撃をしかけてくるであろう。そうすれば、無勢の我々はひとたまりもない」

 黄帝の言に、項越が進言する。


「敵は我が方の六倍、どう考えても、勝つことは無理である。ここは、敵の手薄の箇所を全軍で突撃し、血路を開いて、黄帝様だけをなんとか本国へ逃げ延びていただくのだ。そして、我々への報復を行っていただくしかない」

 項越の提案に周囲の武者は概ね賛同のようだ。


 すると、項越の向かい側の最前列に座し、それまで傍観していた長髪の将軍が口を開いた。

 艶やかな長い黒髪に真直ぐに切り揃えた前髪、通った鼻筋と、長いまつ毛の双眸で、一見女性的ないわゆるイケメンだが、細身ながらも肩幅のしっかりした将軍だ。


「私も項越将軍の意見に賛成だ。ただし、敵は幾重にも包囲し、血路を開けるのも難しい、ここは、我が飛雄馬ひゅうまによって黄帝様を空よりお連れ出ししよう」

 これには項越も賛同し


「確かに春信君しゅんしんくんの言うとおり敵に飛雄馬はいない。それならば容易に脱出していただける」

 この春信君という美丈夫の進言に、項越だけでなく周囲の武将も同意した。飛雄馬とは先ほど見た、人が乗る大きな鳥のことだろう。

 すると、黄帝は刀をつかみ、立ち上がり。


「皆、余のことを思ってくれるのは感謝する。しかし、ここで余だけが逃げて皆を見捨てたとなれば、黄帝、今生の大恥である。余も、みなと戦う所存じゃ」

 軍議は、黄帝脱出作戦が大勢を占めかけていたが、黄帝もゆずらず進まなかった。

 座は、沈黙した。


 ******


 隆司は軍議を聞いている間、ぶつぶつと小声でつぶやいていた。


(この者達は、死ぬことしか考えていないのか。こんなの戦術じゃない。少数劣勢の部隊が、圧倒的多数の敵を相手にする戦術……ぼくなら……)


――戦勝の兵法「囲魏救趙」(魏を囲んで、趙を救う)――


 なぜかふと、頭に浮かびあがった戦術に


(………以前このような場面に出くわした気がする)


 それは、本で読んだり、映画で見たりしたような絵空事ではなく、実体験したような感覚だ。どうして、そんなことが思い出されるのか。

 今のこの世界で体験している事は、虚ろいの中なようでもあるが、自分自身の記憶の奥底にある現世うつしよの断片がよみがえり、懐かしさすら感じている。

 そんなモヤモヤした気分で、俯きながら口だけを動かす隆司に黄帝が


「どうした隆司殿。何か言いたいことでもあるのか」 

 急にふられた隆司は慌てて我に返り

「いっ……いえ、なにも……」


「隆司殿、座は沈黙している。何か言いたいことがあれば、遠慮せず言え。何を言っても私が責任をもつ」

 隆司に向けられた黄帝の言葉は、今までの緊張を一気に溶かしてくれた。

 父を知らない隆司は(お父さんって、こんな感じなのかな)と思うと、後ろで自分を支えてくれる安心感に勇気が沸いてくる。


 こんな大勢の前で話したことのない隆司だが、思い切って口をひらいた。

 それは、皆が思いもしない戦術だった。



「こちらに向かっている、シオン様の軍を反転させてください」



「………………!」

 一瞬、議場が沈黙したあと大騒ぎとなった。

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