1 並行世界の賢者(2)

 部屋を出ると、突風とともに周囲の状況が一変する。 

 強い砂塵が吹き荒れ、周囲はなにも見えず顔にあたる砂が痛い。隆司は目も開けられず、息もほとんどできなくなっていた。


 事態の飲み込めない隆司は、よろけながら付いていく。

「なんだ、これは!」

「砂塵よ。この砂塵にまぎれて、味方が迎えに来てくれる」


 ふりかえると、洞窟の入り口に板切れを張り合わせた扉が見えたが、すぐに砂嵐で見えなくなった。

 そこに、大男が寄ってきた。その者は、浅黒い顔に熊のように髭をたくわえ、古代の中国の軍が着ているような甲冑を付け、腰には大剣を下げている。他にも数人いるようだ。


項越こうえつ、いきましょう」

「承知した」

 重い響きのある声だった。


 隆司達はそのまま歩いて行くが

「あのさー、僕、裸足で足が痛くて歩けない」

 桜花はため息をついて

「なんなの。もう、仕方ない。項越悪いけど」


 桜花に言われ、隆司は大男の項越に背負われた。

 少女は口に布をまき、武者の大きな背の帯を両手で握ってなんとか歩んでいる。武者は砂塵の中、あおられながらも力強く歩を進めていく。


 そこに、後ろから何者かが迫ってくる音がする、結構な人数のようだ。しかし、少女の桜花や、隆司を背負っているため歩みが遅い。

 すると、横を歩いている若武者が

「項越様、敵が迫っています。ここは私が食い止めますので桜花様は先に」


「ヤクモ、だめよ! 殺られるわ」

「しかし、このままだと全滅です、砂塵の谷を抜ければ味方が待っています。なんとかそこまで」

 項越は

「こやつの言う通りだ。なんとしても桜花姫と隆聖殿は守らねばならん。頼む」


「項越何を言うの! 」

 桜花は悲痛な声で項越に抗議するが、若武者達の言う通りだ。

 桜花は苦悶の表情で


「必ず、生きて帰ってくるのよ」

「はい」

 そう言うと、砂塵の中に背を向けて消えた。


 すぐに、後ろで刀の打ちあう金音がして、数人の悲鳴が聞こえた。


****** 


 しばらく進むと砂塵は徐々に収まり、周囲が開ける。

 今いるのは褐色の岩山で、すぐに数騎の騎兵が駈け寄ってきた。


「桜花姫に項越将軍! お迎えに参りました」

(桜花は姫と呼ばれ、僕を背負っているのは項越将軍……将軍様なのか。いったい、この者達は……)隆司はまだ事態が呑み込めない。


 そこに、さきほど殿しんがりを務めた若武者達が帰ってきた。みな、傷だらけでかなり出血している者もいる。桜花はかけより

「大丈夫! 早く手当を」


 騎兵たちも馬を降りて手当をするが、隊長のヤクモも瀕死で

「しっかりして」

「桜花様……よかったご無事で、なんとか任務を遂行できましたね……隆聖様をお迎えできて……これで麗欄も安泰……」

 そこでこと切れた


「ヤクモ! 」

 桜花は、涙ながらに隊長の手を握って。

「この者には、一人息子であるヤクモを待っている母がいるのです……」


 看取ったあと桜花が隆司を見ると、先ほどから隆司はなりゆきを呆然と見て、他人事のような表情だ。

 そんな隆司に、桜花は怒り心頭のようで


「あなた、わかっているわね! もし、あなたが隆聖じゃないのなら……」

 桜花は手にした短剣を握りしめた。それは言うまでもなく(殺してやる)と主張している。


「な……なんでだよ。どうしてぼくが」

「さっきから何を言ってるの! それを聞きたいのはこちらの方よ。黄帝様がこの危機を打破するため、私は賢者を探しに並行世界に行った。そこで、苦労して、やっと魔石の導きであなたを見つけたの」


「そんなこと、僕の知ったことじゃないよ。それに、ぼくが賢者……ありえないし。やっぱり夢だ」

 それを聞いた桜花は

「夢! 」


 少女は眉間をよせ、顔を近づけた。一瞬、甘酸っぱいレモンの香りがして、隆司は息をのんだが、少女は急に隆司の頬をつねった

「痛ってて!……」


「これでも夢っていうの。あなたのせいで、ヤクモは死んだのよ、他にも多数の者が犠牲になっている! わかってるの!」

 涙ながらに訴える桜花に、隆司は何も言えない

「!……もういいわ、いきましょう」


 桜花は、やりきれない表情で進むが、項越に小声で

「とても、隆聖とは思えないけど……」

 項越も同感のようで、口には出さないが首肯した。


「確かに、この隆司とか言う少年も、無理矢理連れて来てしまったのかもしれない。焦りもあった。だとしたら、無駄な時間を使い、ヤクモ達を死なせ、私は大きな過ちを犯してしまった……」

 桜花は、悔し涙がでてきた、


 ****** 


 しばらくすると、広い谷となり、多数の軍勢が待機している。

 周りの兵は古来の中国と中世の甲冑を合わせたような装具に、少女の言った『黄帝』……それは中国始祖の頃の、伝説とも言われる王で、善政を施き国を富ましたとされる。隆司は、そんなことを考えながら歩んでいた。


「これから、どうするのですか」

「すでに、軍議が開催されている、まずはこれに参加せよとのことだ」

 いきなり軍議に参加せよとは、突拍子もないと思ったが。隆司は、どうせ俺は死ぬ身だし、なるようになれと思った。


 野営の中を進むと、周りには見たことのない生き物がうごめいている。

 馬だけでなく、防具を付けた人が乗れるほどの大きなトカゲのような怪獣や、その奥には翼を広げると十mにおよびそうな巨大な鳥もいる。

 

 すると、上空からその巨大な鳥が降りてきた。鳥には武者が乗り、まるで馬をあやつるように怪鳥を乗りこなして、みごとに着地した。


 隆司は、このファンタジーのような世界に呆然としている。

(ここは……いったいどこなんだ)

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