第1章 異世界の策士
1 並行世界の賢者(1)
わずかに開いた窓から漏れ入る
夕暮れの病室で隆司が死を覚悟したのは注射を打たれ、今までの激痛が消えた時だった。
(なんだか眠くなってきた………もうだめみたいだ)
重い病の
見かねた母親が強い痛み止めの投与を承諾したのだろう。薄れゆく意識の中、横にいる母親がうつむきながら主治医と話している。
それは、最後の手段だと十七才の隆司にも分かっていたが、この死刑の宣告とも言える事態に、死への恐怖、悲しみ、そしてなにより生への執着がわいてこない。
「未練はないさ……」
気弱でおとなしく、貧乏なこともあり、中学校から学校で陰湿ないじめをうけていた。
高校になっても、不登校気味で勉強もついていけない。授業に関しては二年生ながら一年生の内容さえわからない。進学したいがそれも難しそうだ。そんなとき、(幸運にも?)重い病を宣告され、正々堂々と学校を休めることになった。
しかし(また、他人や病気のせいにするのか)そんな自分も嫌だった。隆司は、霞んでくる意識の中で主治医と母親の会話が少し聞こえた。
「他に、だれか呼ぶ人はいませんか……」
「いえ、主人は隆司が子供の頃他界し……事情があって、頼れる親類もありません。隆司は私の唯一の肉親なのです」
母親のむせび泣く声がとぎれとぎれに聞こえる。
ビルの掃除婦のわずかな収入と生活保護で自分を養っている母は、このところ隆司の看病で仕事を休んでいる、診療費も借金しているようだ。
(こんな、僕のことなんかほっといてくれ。将来の夢も希望もない何の役にも立たない、お荷物が消え去るだけのことさ。世界はなにも変わらない。そうさ、あきらめればいいのさ)
母の折ってくれた千羽鶴が、さわさわと揺れるのが目に入ると、隆司は悔し涙が出てきた。
その夜……
「見つけた! 」
自分のベッドの横に、少女が立っている。
髪は汚れ、ヨレヨレの服を着て、ホームレスの家出少女のような風体だが、面立ちはキリッとした精悍な少女だ。
その少女は、鉱石のようなものを取り出すと、一瞬周囲が真っ青にひかり、隆司は気を失った。
*******
「りゅうせい…さま! ……黄帝様のお呼びです……起きてください……りゅうせい様」
隆司は朦朧とした意識の中、
それは、次第にはっきりと、耳に響いてくる。
「……黄帝様のお呼びです……起きてください……りゅうせい様」
声は次第にはっきりと聞き取れるようになってきた。
「黄帝様がお呼びです! すぐに、ご同行をお願いします」
小鳥のような快活な少女の声
今まで重かった瞼が軽くなり、眼を開けることができた。周りを見ると病室ではなく薄暗い洞窟の中のようで、声のほうに振り返ると病室に立っていた少女がいる。
歳のころは十三か十四歳だろうか、服装は襟のある膝までの短い鮮やかな着物に、胸には紫の甲冑のようなものを着け、腰の帯に金銀の鮮やかな装飾の短剣を下げている。とても現代の少女の姿ではない。
その少女は、隆司の胸のあたりを触っていたようで、隆司が気づくとあわてて手をひいた。
「…………! 」
隆司はおどろいてベッドと言うか、今は薄い布団が敷かれた台から転げ落ちた。
(今の自分は鼻からチューブを入れられ点滴を打たれ、身動きできないはずだ……)
しかし、そのようなものはなく、体がベッドを離れ自由に動くことができて痛みもない。
「どうやら、ほんとに死んだのか」
隆司がつぶやくと、それを聞いた少女は
「死んだ!……何を言っているのですか、死んだものをどうやって呼ぶのです。寝言を言ってないで、すぐに私と来てください、隆聖様」
「き……来てくださいって……それにぼくは りゅうせい じゃなく、
一瞬、その少女は言葉に詰まったが
「魔石は輝いたし……隆聖と同じような名前だし。でも、こんな子供が大軍師とは思えないけど……とにかく連れていくしかないか」
ぼそぼそと独り言を言う少女に、状況がつかめない隆司は
「ここは、いったいどこだ……」
呆然としている隆司の様子に
「あなた……本当に隆聖なの」
少女は、懐疑的に隆司を見つめていると、後ろから
「桜花(おうか)様! 早くしてください、敵が迫っています」
一人の若武者が慌てた様子で入ってきた。桜花と呼ばれた少女は
「わかりました、すぐに行きます」後ろの若武者に言うと、再び隆司に向かい
「聞いたでしょ、敵が迫っているのです。早く逃げないと、あなたも殺されるわよ」
敵が迫り、いきなり殺される……どういうことかわからないが、桜花たちが焦っている様子から、切迫している状況は間違いなさそうだ、とりあえずこの者達に従う……しかないよな。
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