第52話 元老院評議会にて
「元老院は本来、皇帝の相談役で宰相などより上位の意思決定機関であるが、現状ではほとんどが宰相スコッドの操り人形ばかりだ」
「なんで宰相より上位の意思決定機関の元老院の連中が操り人形になるのですか?」
俺たちは今、ラゼール帝国の帝都の城に来ていた。
元老院評議会の会場となる部屋に行くまでの間に、王子フィルドに状況を聞いている。
「金だよ、金。元老院とメンバーと言っても正業として商売をしている人間、または、商売になんらかの関わりを持っている人間がほどんどだ。元老院のメンバーたちを、商売敵より有利にできる権限を宰相のスコッドは持っている。それによってほとんどが、骨抜きにされているという状況だ」
すれ違う人間、おそらく城内の使用人であろう者が頭を下げながら、王子フィルドが通りすぎるのを廊下の端でやり過ごしている。
「なるほど……後、討伐報告を行うとの事ですが、報告するだけですか?」
「いや、報告だけではない。帝国の決まりごととして軍を率いて、なんらかの戦果を上げたものには、報奨を得られる事になっている。その希望の報奨を伝えて、皇帝と元老院がそれを検討するための評議会だ」
なにやら廊下で話し込んでいる二人組がいた。
「左側の男が宰相のスコッドだ……」
と王子が俺に耳打ちしてきた。
宰相のスコッド。
白ひげを顎に蓄え、先っぽは短い筆のようになっている。
白髪の髪は短髪でM字に少し禿げている。
目と眉は少しつり上がっており気は強そうだ。
そのすれ違い様、スコッドと俺の目があった。
スコッドは明らかに俺の顔を見て驚いた顔をした。
「……知り合いか? なにやらスコッドが、ランスを見て驚いた顔をしていたが……」
「いえ、初めて見る顔です。今まで会った事はないはず……」
王子も同じ事を感じたらしい。
先程のスコッドの驚き方は、見知った顔に思わず会った時の驚き方だ。
「……うーん、それはまあいい。それで話の続きの希望の報酬だが、俺は統治局の監督権を希望するつもりだ」
統治局の監督権。
と言われても俺には分からない。
王子は俺の頭の上に、はてなマークついたのが分かったのだろう。
「統治局というのはだな……各種調整などを行ったりもするが、不正などを調査する警察機構としての権限を有している。その監督を王族に近い貴族がするのだが、前任の監督者が亡くなってから、現在その監督者の座は空席となっている。その監督者を俺が希望するという訳だ。通常なら拒否する理由はない」
「……つまりは、王子がその統治局の監督者になって、宰相の不正を調査すると?」
「そうだ、飲み込みが早くて助かる。しかしだ。元老院に俺の味方は一人しかいない状況だ。まあ、やるだけやってみるがな。よし着いたぞ、ここだ」
王子は重厚な両扉を自らの手で押し開けた。
そこは中央にスペースがあり、そこを取り囲むように一段、高い所に座席があり、そこに七名の人物が座っている。
そして更に高い、その部屋で一番高い位置に王座があり、そこに一人の男性が鎮座していた。
「正面中央が皇帝陛下、周りにいるのが元老院の連中だ。ここからは俺とランス、そして、リバーシだけの三人で行こう」
王子はまた俺に耳打ちする。
ミミとソーニャ、それにエヴァにジェスチャーで示し、入り口付近で待機してもらう。
俺たち三人は皇帝陛下の前で跪く。
「表を上げろ」
顔を上げ、皇帝と対面する。
皇帝は王冠を被り、茶髪とそれと同じ色の髭を少し蓄えている。
さずがに威厳があり、その目つきは厳しいがその目の奥の光はなぜか乏しいように感じた。
「フィルドよ、今回の件、大義であった。して右隣にいるその男は?」
「今回の討伐で活躍してくれた、冒険者のランスといいます」
「ランスと申します」
「ふむ、それでは元老院評議会を始めろ」
「はい、それでは始めさせて頂きます」
皇帝の対面方向。
俺たちの後方から開始のその声が聞こえたので、振り向いて見てみる。
開始の合図を発した男は宰相のスコッドであった。
「まずフィルド殿下。今回の討伐の報奨のご希望をお聞かせ下さい」
「俺の今回の討伐での報奨の希望は……統治局の監督権だ」
元老院のメンバーたちがざわつく。
おそらく予想外の王子フィルドの希望だったのだろう。
宰相のスコッドも、少し動揺しているように見受けられる。
統治局の監督権というのは盲点だったのだろう。
「統治局の監督権……ですか。お言葉ですが殿下はまだ、監督権を得るにはお若いかと存じます」
「なんだ? 統治局の監督者には年齢制限があるのか?」
「いえ、一般論としてです。もう少しお年を召されて、社会経験を積まれてからの方が良いかと」
「宰相の仰る通りでございますな! 殿下、後10年、20年してからで如何でしょう?」
「あまりに若い王族がなりますと、帝国民も納得しないでしょう」
宰相の否定の後に元老院の者たちが続く。
なるほど、事前に聞いていた通り、完全にアウェーのようだ。
「国民が納得するか? または納得しないのか? ……若くして無謀とも言える戦力で、帝国の驚異となっていた魔物の巣を討伐した王子が、統治局の監督をするのは納得しないか? であればその国民をここに連れてこい!」
「であれば私がおりますよ、殿下。元老院、並びに、帝国国民の私めが」
「同じく」
王子フィルドは眉間にしわを寄せて今、意見した元老院のメンバーたちを睨みつける。
「そうか、であれば国民投票でもして民意を尋ねてみるか?」
「そのような投票は不要です! そういった不要なコストを省く為に、このような元老院評議会が開催されるのです。そのような見識ではやはり殿下、お考えが若すぎると言わざるおえません」
宰相は嫌らしい笑みを王子フィルドに対して向ける。
それはいち王族に対する態度ではなく、なぜ、このような振る舞いを皇帝陛下は許しているのか単純に疑問だ。
俺は皇帝陛下の方も注意しているが、その一連のやり取りに対して皇帝は眉一つ動かさないようであった。
「不要などうかは宰相、お前が決める事ではない。では国民投票を開催するという事でよいか!?」
「不要でございます! 更に言うならこの問答も不要! よって殿下の報奨のご希望に対する採択を、今すぐに実施させて頂きます!」
王子はそのあまりに無茶な言い分に笑ってしまっている。
「それでは採決を取りますので挙手を願います! 殿下のご希望の報酬を却下すべし、と思われる方は挙手をお願いします!」
元老院メンバーたちから次々とその手が上がる。
総勢8名のメンバーの内、7名の手が結果上がった。
「それでは反対7名、賛成1名の反対多数につき殿下のご希望は、元老院としては却下という採択となりました!」
却下の挙手を行った元老院メンバーの拍手の音が会場内にこだまする。
「見たかランス、この茶番を、そして腐った帝国の中枢を。これが今の帝国だ」
王子はランスに向かってボソリとそう呟くように言う。その後、
「陛下の採択を希望する」
「……いいでしょう。それでは最終決定者の陛下、ご採択をお願い致します」
元老院評議会で否定されても、皇帝陛下に許可されればその決定が採用される。
元老院評議会はあくまで皇帝陛下の事前判断基準、という位置づけであった。
「採択は…………拒否だ。評議会はこれにて閉廷だ」
そう言うと皇帝は無表情に立ち上がり、会場を後にする。
宰相の方を振り向いてみると、勝ち誇った厭味ったらしい歪んだ笑みを浮かべていた。
「ランス、これからだ……奴には必ず地獄を見せてやる……」
隣の王子は両手の拳を握りしめ、俯きながらそう決意の言を述べた。
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