第53話 両親の痕跡

「想定通りの茶番、ご苦労さまでした」


 王子側近のリバーシがそう言って労う。

 元老院評議会の後、俺たちは王子の執務室に集まっていた。


 王子の執務用の机とそれとは別に応接用のソファーがあり、そこに王子以外の俺たちのグループみんなで座っている。


「そもそも議論にならんし、話しにもならん。予め決められていた宰相のシナリオ通りに、進むだけの場になってしまっている。陛下も宰相の操り人形のように一切反論を行わない。正に茶番であり、非常に悪趣味な芝居の発表の場だ!」


 王子は憤怒を隠せずにそう言いはなった。


 コンコン

 そこで執務室をノックする音が、


「入れ」

「失礼いたします」


 初老の男性が一人、部屋に入室してきた。

 どこかで見た顔だなと思ったら、評議会の元老院の採決時に王子への報酬賛成へと票を入れた人物であった。


「今回もまた災難でございましたね」

「全くだ。ランス、みんな、この老人は元老院の中で、唯一、俺を支持するというきとくな人物でライファーという」

「ライファーと申します。以後お見しりおきを」


 ライファーは右手を前に左手を腰の後ろへ置いて、俺たちにおじぎをした。

 俺たちもそれぞれ簡単な名乗りをあげて挨拶をする。


「念の為、申し上げておきますがライファー様は、王侯貴族で高位な身分の方です」

「相変わらずリバーシは堅いのう。まあ、肩肘を張るのは好きではないので、ざっくばらんに話そうじゃないか」


 そう言うとライファーは、ソファーに足組をして両手を後方に展開してどっしりと腰をかける。


「わざわざどうした、ライファー?」

「いえ、殿下が見覚えのないものたちを連れていると思いましてな」

「ああ、彼らが今回の討伐の主軸の冒険者たちだ」

「ほう……」


 ライファーは再度俺たちを品定めするように眺める。


「皆、良い面構えをしております! 良い者たちを引き入れましたな」

「人材がすべてだ、ライファー。それはお前が教えてくれた事だぞ」


 その時、部屋に使用人が現れ、王子を始めとしてみんなに紅茶を給して去っていく。


「ところでライファー、陛下はいつからああなった? あそこまで酷いのはここ最近ではないか?」


 王子は紅茶に口をつけながら問いかける。


「確かに、大きい声では言えませんが、宰相が言う事に一切の反論をしなくなったのはここ最近ですな。そう、暗黒世界になってからではないでしょうか」


 ライファーもまた紅茶に口をつけながら答えた。


「あの……すいません……」


 そこでソーニャが手を上げて発言する。


「皇帝陛下ですが……もしかしたらなんですけども、何かしらの洗脳などかけられているかもしれません」

「なんだと!?……その根拠は?」


 王子がその顔を険しくしてソーニャに問いかける。


「うーん、分かりやすく言語化ができないのですが、何やらそう感じるとしか……陛下が邪悪な何かに囚われているように感じました」

「ソーニャは元々聖女です」


 俺は補足した。


「それは……いや、可能性を考えたことがないではないが、専属の宮廷魔術師もいるこの現状下でまさか洗脳系の魔法とは……ソーニャよ、それを解消できるのか?」

「はっきり言って分かりません。そもそも洗脳系の確証があるわけでもありませんし」

「確証がない状況で、陛下に対しての洗脳の疑惑は不敬罪に問われる可能性もあるかと」


 リバーシが私見を述べる。


「惑わしの洞窟……は如何でしょう、殿下?」


 ライファーがそう提案する。


「そうか、惑わしの洞窟か……ああ、ランスたちはなんの事か分からんよな。惑わしの洞窟について説明するとな。今はもう失われた習慣だが、昔皇族の皇帝の継承の儀式として惑わしの洞窟に行き、その最深部の真実の腕輪というのを持ち帰るという試練があった。その真実の腕輪だが、あらゆる状態異常を治す効果がある。但しその効力には期限があるようで、大体10年程度だと言い伝えられておる。最後に真実の腕輪が持ち帰られたのは、もう遥か昔の事。当然、効力はない。ライファーがいうにはその惑わしの洞窟の試練を受けて、真実の腕輪を持ち帰って、それを陛下に献上するという事だ」


 俺はその提案は良いものだと思った。

 おそらく王子が力を、権力をつける為には、様子がおかしい皇帝陛下に正常に戻ってもらう事が一番だと思われる。

 つまりは皇帝陛下の正常化が最優先課題。

 あらゆる状態異常を治す効果があるのなら試してみない手はないだろう。


「ただ、その惑わしの洞窟。名前は変わってますが、どんな試練なのですか?」

「最早、経験として詳しいことを知るものはいないが、言い伝えられておるのは、試練を受ける者に対してありとあらゆる惑わしが訪れるとの事だ。実際、この惑わしの洞窟、初代と次の代以外の皇帝候補でクリアした者はおらず結構難易度は高いらしい。ただ試練の要素としてはすべて惑わしの状態異常、または、精神作用系で武力や魔力が必要という事は全くないらしい」

「……じゃあ、俺がトライしてみましょうか。状態異常系にはめっぽう強いんで。精神作用系がどんなものかはよく分からないけど」

「おお、トライしてくれるか! じゃあ、頼む!」


 王子は立ち上がり、俺に握手を求める。

 俺は戸惑いながらもその手を取った。

 なんだろうこれ、よろしくって意味かな……。

 そんな事を思っていると、ボソリとライファーが独り言を呟く。


「状態異常系にめっぽう強い……」

「なんだ? ライファー、何か気になる事があるのか?」

「あっいえ……、ランスと言ったな」

「あ、はい」


 ライファーは俺の顔をじっと見つめる。

 どうしたんだろうか。


「かつてこの国に勇者が来たことがあった。その勇者は女性だったが、わしには君にはその面影があるように思える。そして、その勇者は状態異常系はほぼ効かないという噂じゃった。君の事をどこかで見たことがあると引っかかっていたが、状態異常系の話を聞いて思い出したわけじゃ」

「……その勇者の名は?」

「勇者の名は……確か、エレインじゃ」

「……母さんの名です……」


 母さんはこの国に来ていた。

 一体いつ? 何をしていたんだろう?

 俺は冷静さを若干欠いてしまってライファーに聞く。


「母さんは! ……それは一体いつ頃の話ですか!?」

「ああ、そうじゃなあ、あれは今から……15、6年前の話じゃろうか。そしてその時、勇者はなんと途中から魔王と一緒じゃったという話じゃ。わしはその時は元老院メンバーではなく、帝国の中枢については感知しておらんかったから、勇者と軽く顔合わせした程度で、他は噂話程度でしか分からんのじゃがな」


 15、6年前なら俺が生まれている。

 父さんもいた? 一体なにを? それからどうしたんだろう?


「その母さんと、その魔王はその後、どうしたんですか!?」

「それが分からんのじゃ。勇者と魔王が帝国に来ているという噂はたったが、ぷつりとその話は聞かんようになり、誰もその話をせん、一種のタブーのようになってしもうたのじゃ」

「……その、当時の事を知る人間は?」

「当時務めていた元老院の数名……はもしかしたら把握しておらんかもしれんが、確実なのは皇帝陛下とそれに宰相かのう」

「…………」


 母さんと父さん。

 俺が幼い頃に失踪してから、こんな所でその痕跡を見つけられる事になるとは……。


「それでは、ランス、惑わしの洞窟をクリアして、陛下に接見する機会を得たらその事も聞いてみるか? まあ陛下が正常に戻ったようなら、という前提にはなるが」

「はい、是非お願いします!」


 帝国の問題だったものがいつしか俺、個人の問題にもなってきていた。

 母さんと父さんの失踪の謎。可能ならそれも是非とも解明させたい。


 なぜ俺には両親がいなかったのか?

 なぜ俺を置いて遠くに行ったのか?

 なぜ俺を……捨てたのか?

 なぜ……。


 幼い頃からいつも心の奥底にしまいこみ、考えないようにしてきた命題だ。

 だがそれは俺の心に焼き付くような乾きを、絶えず発生しつづけていた元凶でもある。

 どこかで自分自身が納得できる答えを得る必要があった。


 こうして俺はその惑わしの洞窟へとトライする事になった。

 その先にあるであろう答えを求めて。

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