第51話 創世神話
「無事だったか」
王子が声をかけてくる。
塔の外には王子を中心として親衛隊の兵士にミミにソーニャと勢揃いしていた。
「グレースは殺されてしまいました。俺は……なんとか」
「グレースほどの者でもダメだったか……残念だ……」
少し場の空気が重くなる。
「あっそうだ! ダクネスという名に心当たりはありますか?」
俺のその言葉を聞き、王子とリバーシは顔を見合わせる。
兵士たちの中から、
「ダクネスって確か創世神話の……」
などという声が聞こえてくる。
一方ミミとソーニャは、その名に聞き覚えはないのかぽかんとしていた。
「それはここらの地域に伝わる創世神話に出てくる者の名だが、なぜお前がその名を知っている?」
「いや、闇の小人の事をグレースがそう呼んでいたんだけど……塔からなにやら闇の小人が生まれ、そいつにグレースがやられた後、どこからか声が聞こえてきたと思ったら、その闇の小人は消えていったんです……」
「……そうか、では各地のスタンビードに現れていたという、闇の小人の目撃例もやはりダクネスという事なのか? なぜ塔でそいつが生まれ、そして、どこへ消えていったのか……? 疑問は残るが……」
王子はひとしきり考え込んだ後、
「まず帝国領近辺の地域に伝わる創世神話について説明しよう」
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「光と闇の創世神話。
最初は全ては一つだった。
全ては調和し争いのない世界だった。
その内、その世界に理りが生まれた。
その理りは光の理りと闇の理り。
お互い混じり合う事のない相反するもの。
理りはそのうち世界に影響を及ぼし。
光の理りに属するもの。
闇の理りに属するもの。
といったように一部世界を二分化していく。
いつしか光と闇の理りはそれぞれの様々な神を生んだ。
光の神々と闇の神々。
光の神の代表例は女神アテネ。
神聖教徒教会が信仰している女神だ。
闇の神の代表例は冥王ハーデス。
冥界の支配者にして覇者の王。
光の神々と闇の神々。
それらは互いに争い、そして闘争の末、滅ぼされる事もあった。
その結果、光の勢力が優勢になる事もあったし。
また、闇の勢力が優勢になる事もあった。
しかし、神と違って理りは理り。
それ自体を滅ぼす事は決してできない。
我々人間は神とは対話できる可能性があるが理りは理り。
理りは神よりも上位の存在であり、我々人間にその御心を知る事はできない。
更に理りと神の中間のようなものも、過去存在したと伝えられている。
それが光の御子のヤファエと闇の御子のダクネス。
その御子たちは神すら凌駕する存在らしい。
どちらかがこの世界に顕現された場合、世界は光、または、闇一色に染まり、その後はどことなく消えていったと伝えられてる」
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「以上がこの地域に伝えられている創生神話だ。理りと神の部分は大体世界共通だが、光と闇の御子の部分は伝えられていなかったり、微妙に違ったりするようだがな」
もし、先程対峙した者、そして各地でスタンビードが発生した時に、顕現していたのがダクネスならどうしようもないのでは?
そんな恐ろしい疑念が俺の中に生じた。
王子を始め一様に深刻な表情になっているのは同じような疑念が生じたからだろうか。
「懸案は残るが……ダクネスの事は要調査として一旦置いておこう。不明点が多すぎて、これを今、考えてもしょうがない」
王子は何かを吹っ切るようにそう言った後に、
「地方都市ブルックの魔物の巣の討伐は成功だ! 皆のもの、よくぞやってくれた!」
「うぉおおおおおーーッ!!」
王子が勝どきを上げ、それに親衛隊たちが歓声で応える。
「さて、ランス並びに一番の功労者たち。お前たちがいなければ今回のこの討伐、まず成功しなかっただろう。礼を言う」
「いえ、こちらこそ。といっても一番の功労者がたぶんまだ入り口で休憩していていませんが……」
「報酬は事前の通告通りにお前たちには支払おう。それ以外に何か希望はあるか?」
「そうですね……後、光の教団の本拠地にも闇の塔があると聞いていて、それもなんとかしたいのですが」
「光の教団の本拠地、北西のアムール地方だな……うーん、あそこに手を出すのは、現状は訳あって俺であっても難しい」
王族の王子であっても難しい。
そんなにも光の教団が力を持っているという事だろうか。
「ランスよ、お前この後、しばらく俺の専属にならないか? 専属になって動いてもらえれば、その後なんとかできるかもしれん」
「……なんとかできると想定している、その期間はどれくらいですか?」
「うーん、1ヶ月と区切っておこうか。一旦その期間で、報酬は同じように白金貨10枚でどうだ?」
なんとかできるかも、ということはできないかもしれないという事だ。
だが王子であっても難しいような相手。
もしかしたら光の教団と対決する事で、ラゼール帝国自体を敵に回す可能性もあるのかも。
そういったリスクを勘案すれば王子と組んだ方がいいのかもしれない。
報酬もまた破格だ。
「ミミとソーニャはどう?」
「難しいことはランスに任せる」
「同じく」
後、エヴァは……事後報告でも大丈夫かな。
まあエヴァならどんな相手でも蹴散らすとか言いかねないけど。
「じゃあ、そのご依頼お受けします」
「そうか、じゃあランスお前は早速側近として俺の側にいてくれ」
「殿下、帝国民でもないものを側近などと……いいのですか?」
リバーシが疑問を呈する。まあ、当然な疑問だろう。
「ランスは俺の剣とする。帝国民かどうかは関係ない」
「剣は時に自身を傷つけます」
「そうなれば仕方あるまい。その時は俺の見る目がなかったという事だ。剣をもたなければそもそも闘う事ができぬのだぞ? 座して死を待つくらいなら、玉砕した方がまだましだ!」
「…………」
リバーシはそれ以上の反論はしなかった。
「じゃあ、行くぞランス。早速、討伐報告を元老院評議会を開催して行う」
王子は踵を返してマントを翻し、自身の愛馬の方へと向かう。
俺は王子のその背からエヴァによって破壊尽くされた、その都市の光景を改めて眺めた時。
なぜかその光景が美しい、と思ってしまった。
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