第50話 魔物の巣

 地方都市ブルックス。

 その規模は故郷カラカスの2倍程度はあるだろうか。

 かつては帝都の近隣にあり、平地に囲まれている事から交通や物流の要所ともなった場所。

 帝都を襲った魔物たちがすべてそこに移動したとあって、その魔物の数は尋常ではない。

 1000体を超えるであろう、正に魔物の軍隊といった様相だ。

 そしてその都市の中央の奥に女神が言っていた通りに塔が建っている。

 おそらくあれが闇の塔だろう。

 俺は双眼鏡で都市の様子を確認している。


「ありえないくらいの数の魔物がいるな」

「ランス! 次は私ー!」


 横でせがむエヴァに双眼鏡を渡す。


「おおー確かに多いな! 魔界や冥界にもあそこまでの密度の魔物が居る場所はないぞ。うーん、何か仕掛けがありそうだぞ」


 エヴァは背伸びしながら双眼鏡を覗いている。


「仕掛け?」

「ああ、魔物は通常、同種じゃなければ群れん。一時的なスタンビードなんかは別だが、それ以外は気性が荒いやつが多いから、すぐ戦闘になるからな。あんな密度、魔王クラスの強力な統治者がいるか……或いは、なんらかの仕掛けがあるかだ」


「おーい、集まれー! 始めるぞー」


 リバーシが大声で呼びかけを行う。

 俺たち、勇者アベルたち、それにグレースが集まる。


「作戦はこうだ! 君たち冒険者が前衛で魔物を殲滅していく! 我々はそれを後衛からサポートしていく! 以上!」


 冒険者メンバーたちはみんなで顔を見合わせる。


「……それは作戦になっていないように聞こえるのだが……。それで千を超えるような上位の魔物の軍団と闘うと?」


 魔物の軍団の個々の魔物は、ランク換算でBランク以上の魔物がほとんどという、事前の調査結果があった。

 Sランクが数名いた所でなんとかなるものではない。

 ベテランのグレースが疑問を呈する。


「無謀は百も承知。厳しければ撤退をする」


 リバーシは真面目な顔でそう言い放った。

 ふーっとグレースはため息をつくと背中にかざしている二刀を抜く。

 やるしかないか……。


「よいよい! 雑魚など何匹いようと私の敵じゃあない! 全て蹴散らしてやる!」


 仁王立ちの姿勢でエヴァはそう言い放った。

 エヴァは弱体化してるはずだけど大丈夫なんだろうか?


「その意気です! それでは戦闘を開始しましょう!」

「一つ質問がある!」

「……なんでしょう?」

「魔物に侵された都市、あそこは破壊されてもよいな?」


 エヴァのその質問にリバーシはちらりと王子フィルドを確認する。

 王子は無言で頷いた。


「そうですね、討伐の為なら致し方ないでしょう」

「よし! それならいい! では、かつては破壊神とも言われた私の力を見せてやる!」


 エヴァは宙に浮き、都市の上空へと飛行していく。

 そして何からぶつぶつと魔法の詠唱を始めた。

 途端、暗黒世界だった時のように大空は黒雲に覆われる。


『メテオクライシス!!』


 エヴァのその体から無数の漆黒の魔力弾が、軌跡を描いて次々と地方都市ブルックスに降り落ちる。

 魔力弾一つ一つの威力は凄まじく、それは地面や建物へと落ちると爆発して周辺を破壊し尽くし、クレーターがそこらかしこと形成されていっている。

 それが凡そ1秒に数十単位の量で降り落ちている。

 爆発によって生じる漆黒の閃光が次々と生じるその様は、まるでこの世の終焉を見ているかのように思われた。


「破壊神とは…………誇張では……なかったな……」


 呆然とその様を眺めている王子フィルドはそう呟いた。


 エヴァのその攻撃は1分以上続いただろうか。

 ブルックスを焦土に変えた後にエヴァはこちらに戻ってきて、


「ふあぅー、もう力が足りないー、この程度で情けないーん、お父様に力を制限されてるせいだぁー」


 そう言ってその場にヘタリこんだ。


「十分だよエヴァ! 十分すぎる、後は休んで俺たちに任せて」

「ぷしゅぅーー」


 エヴァは外壁を背に座り込んだ。


「よ、よし! それではみんな殲滅にかかれ!」


 リバーシのその号令でみんなブルックスの中へとなだれ込んでいった。




「後は、この塔だけだな……」


 俺はその塔を下から眺め見る。

 建物の階数換算したら10階くらいの高さはあるだろうか。


 都市内に残っていた魔物の残りはあらかた片付けた。

 後、残るはこの闇の塔のみだった。


「よし、気をつけろ! 俺の後ろに隠れておくんだ!」


 そういうと勇者アベルは先頭になってその塔の扉を開き、入っていく。

 アベルのパーティーメンバーと顔を見合わせる。

 ここまで来るまではどちらかと言えば、アベルが後ろに隠れていたような……。


「すいませんね、うちの勇者が」


 アベルのパーティーメンバーの一人がそう言った。


「勇者ってお前たち信じてる? あれを?」


 ミミが問う。


「うーん、少なくともアベルはそう信じてるよ。まあ、あいつ悪い奴ではないんで。めちゃくちゃズレてはいるけど」


 なるほど、やっぱり自称勇者って感じなんだな。

 でも悪気なくそう信じ切れるのも一つの才能とも言える。

 曲がりなりにもそれで一つのパーティーを率いて、メンバーはアベルの事は悪く思っていないみたいだし。


「うわーーーッ!!」


 その時、アベルの叫び声が塔の中から響いてきた。

 俺たちは急いでその塔の中へと入る。



「何が勇者だこの野郎! 雑魚じゃねえか、ビビらせやがって! ……ああ、来やがったか人間どもが」


 そこには一つ目の巨体のサイクロプスとその両サイドにはデーモン種であろう、背中に羽を生やし、二又槍を手にした魔物がいた。

 サイクロプスのその全身は真っ黒で、その目は真っ赤だった。

 形態変化を果たしたダーク・サイクロプスといった所だろうか。

 一方、デーモン種の方はその体は緑色で構成されており、元の形態のままかもしれない。


「み、みんな! 助けてくれー!」


 アベルはサイクロプスに首を掴まれ、その体を宙に浮かせながら助けを懇願する。

 全くとんだ勇者様だな。


「ほらよ!」


 サイクロプスはアベルをまるで人形かのように、軽々と俺たちの方へ向かって投げ捨てた。


「うーーっ、ごーっほっほっ!」

「全く、無理するからだ。おめえはもう下がってろ」


 アベルは彼のパーティーメンバーによって介抱されている。

 どんな気の回しか分からないが、すぐに殺されなかっただけめっけもんだろう。

 あのまま首を捻じ折られていてもおかしくなかった。


 ただそれより気になるのは魔物たちの後ろにある、何かの生体の繭のように構成されているものだ。

 表皮は生物の薄い皮膚のような感じで脈打っており、その表皮の奥にはなんらかの生体がいるのではないかと思われる。

 表面は黒と生物の目にも見えるような光を放つものが散見される。

 何かを産み落とそうとしているようにも見えるが、もしここから何かが産み落とされるのなら、それは邪悪なものに間違いないと思わせるような禍々しさを感じさせられた。


「これより生まれ落ちる我らが御方。貴様らに邪魔立てはさせん! 邪神エストール様の名の元に!」


 サイクロプスはそう言うと手に持っている巨大な金棒を振り上げた。

 そしてそれを俺たちの集団の元へ一瞬で移動して振り下ろす。

 その一撃をグレースが二刀で防ぐが、まるで地面が波打つように振動した。

 これはこの塔が戦闘に持たないんじゃないかと心配になる。


「俺がやる、お前ら……ランスのパーティー以外は塔の外に出ておけ。足手まといだ」


 グレースはその言で俺とミミとソーニャはその後衛に回る。

 アベルのパーティーメンバーは大人しく外に退避していった。


 グレースはその体をゆらりと動かしたと思ったら――


 2体のデーモン種はその体を両断されていた。

 そしてグレースはサイクロプスのその後方へと移動している。

 俺はその超スピードに反応して無意識に瞬神しゅんしんが発動された為、それを目視できたがたぶんミミとソーニャは、それを目視できなかっただろう。

 瞬神しゅんしん以外でここまでのスピードを出せるものなのか。

 身体強化は当然使っているのだろうが、その超スピードは味方ながら驚異に感じる。


「さて、デカ物、残るはお前だけだ。今ので勝てないのを理解しただろう? 逃げても良いんだぞ」


 グレースはニヤリと笑いながら、ユラリとサイクロプスに近づく。


「舐めるな!」


 サイクロプスはその一つ目から黒の光線を発した。

 グレースがいた場所にその光線は当たって、大爆発を起こす。


 だがその光線が爆発した、一息にも満たないような刹那の間にサイクロプスはその両足を両断され、その場から崩れ落ちていた。

 グレースはその光線が出された瞬間に間合いを詰め、その両足を両断していたのだった。


「ふん、つまらんな、精々S級か。もう少し期待してたんだがな」


 グレースがそう言った後、今度はサイクロプスのその首が鮮血を飛ばしながら地面にころんっと落ちた。

 強い……Sクラスを瞬殺か……。


「これで終わりだな、お前らにばかり仕事させてたからこれで俺も……」


 グレースがそこまで言った所で、生体の繭のようなものの上部に噴出孔のようなものヌメっと出て来る。

 グレースも異変を察知し、すぐに振り返ってそれを確認する。


「何かが……生まれ落ちる?」


 突然、周囲の空気が変わった。

 ……なんだこの禍々しさは?

 息が詰まるほどの禍々しさ。

 世界樹の結界や封印、ダーク・オークロードでさえここまでの禍々しさは感じなかった。

 

 これはやばい! 

 俺の本能の警戒警報が限界を振り切り鳴り響いている。


「ミミ! ソーニャ! 逃げろ!」


 青い顔色へと変わっていた二人は頷き、その場から退却する。

 そして隣のグレースを見ると――彼は笑っていた。

 その表情を見てとって、そうか彼は戦闘狂かと俺は悟る。

 自分をこうして死地になんども送り込む事によって強くなってきたのだろう。


 そうしているとその噴出孔から何か黒いものが噴出された。

 その黒いものは地面に降り落ちると、するりと立ち上がた。


「闇の小人?」


 全身黒の体に目と口部分は空洞のような虚無で構成。

 その体もぼやけるように実体を伴っていないようにも見える。

 それはスタンビードの時に目撃した闇の小人に酷似していた。

 禍々しさはまるで桁違いだが同一種のものか?


「まさか……創世神話のダクネスか?」


 隣のグレースはそう述べる。創世神話のダクネス?

 聞いたことがないけど……。


「面白い!」


 そう言うとグレースはそのグリムワスに踊りかかる。

 両手剣を振り上げ、クロスするように振り下ろす。

 いきなり殺る気か……と思ったが――


「ああーーー」


 闇の小人は生まれたての赤ん坊のようにそう声をあげて、グレースに向かって右手を突き出すと、そこから何やら闇の粒子が出力され――闇の粒子に触れたグレースの上半身部分は消え去った。


 消えた部分から鮮血を垂れ流しながらグレースの下半身部分はばたりと倒れる。


 ……グレースは一瞬で殺られてしまった。

 あれだけの強者が一瞬で……その光景は俺にはなぜか現実感がないように感じられた。


「あうあーーー」


 そしてその闇の小人は俺にゆっくりと近づいてきている。

 先程の闇の粒子の攻撃は防ぎようがない。

 それにグレースの超スピードに反応していた。

 瞬神しゅんしんを使っても反応される可能性がある。

 どうするか……額からは冷や汗が流れ落ちる。

 手を考えあぐねて、息が詰まる用な緊張感の中で突然、どこからか見知らぬ声が塔内に響き渡った。


「ダクネス様、こちらでお迎えの準備ができております……」


 どこからかそんな声が聞こえてきたと思ったら、その闇の小人は突然、その姿を消した。

 そして辺りに漂っていたその禍々しい圧迫感も消え去った。


 助かった……。

 だけど、なんだったのだ突然聞こえてきたあの声は?

 それにダクネス? 

 グレースも言っていたがそれがあの闇の小人の名前なのだろうが、一体奴は何者なのか……。


 塔からはすっかり闇の力は感じられなくなっていた。

 生体の繭のように見えていたものも、すっかり抜け殻で干からびてしまっている。

 先程のダクネスがやはり関係していたのだろうか。

 俺はそんな事を考えながら塔を出た。

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