第4章 帝国編
第47話 王子の戦略
ラゼール帝国の帝都より少し離れた地方都市ブルックスの近隣にあるセロンという田舎の村。
そこの簡素な宿屋の一室に帝国の王位継承権、第7位の王子フィルドとその臣下で側近のリバーシは、今後の戦略会議を行っていた。
その内容は地方都市ブルックスに大量の巣くう魔物たちをわずか100名程の戦力で討伐するというものだった。
「彼我の戦力差での今回の戦い。リバーシ、お前の率直な意見を話せ」
「自殺行為、死刑判決、蟻と象の戦い……他にもありますが」
「分かった、もういい」
王子フィルドは側近のリバーシのその言葉に苦笑いしながら答えた。
彼は側近リバーシに彼の親衛隊100名余りとともにセロンに滞在している。
かの大災厄の日、世界が暗黒世界となりスタンピードが世界中で同時発生した日。
ラゼール帝国にもスタンピードの魔物が押し寄せてきたがその堅牢な城壁と世界最大の軍隊によってそれは退けられた。
しかしスタンピードの魔物たちは撃退はされたが討伐された訳ではなく、そのまま近くの地方都市ブルックスに攻め入り、そこを蹂躙して居座り魔物の巣とされてしまった。
その魔物たちの討伐は懸案事項となっていたのだが、それを僅かな親衛隊の私兵のみで王子フィルは討伐を命じられたという経緯であった。
「陛下も陛下だ。今回の裁定、これはお前が言うように死刑宣告に等しく俺に死ねと言っているのと同義だ! 宰相の操り人形だとは言え、最低限の人としての判断もできないほどにもうろくしてしまったのか? 俺の親父は!」
「殿下、皇帝陛下へのご批判は程々に……。大きな声では言えませんが、私も今回の決定には疑念を持っております。例えば殿下がクーデターを企てたとか、そのようなでっち上げを何者かが陛下に奏上したくらいしか可能性はないかと」
帝都から離れているという事もあってか、二人は聞く人に聞かれれば、不敬罪に問われるであろう内容を平気で話している。
帝国の長はもちろん皇帝であるが、執政や実務に関しては宰相のスコッドがすべて行っているのが現状。
その理由は皇帝の怠惰というのもあるが、そもそも皇帝自身にその能力があるというのも疑わしいかった。
王位継承権を持つ者は将来皇帝になる可能性を考慮して英才教育を、というのは建前でそもそも王子の権威に逆らえるのは、皇帝とその母くらいなもの。
本人から勉学を拒否されたら他のものは何も言いようがない。
更に父の皇帝が息子の教育に関して無関心で、かつ、母に甘やかされた場合は怠惰なモンスターが出来上がる。
帝国は建国後に時を重ねる事によって建国の理念と皇族としての責務を忘れ、そのような継承を繰り返してきており、現在ではその人材という面ではどうしようもないような状況へと陥ってきていた。
現在の皇帝も幼少期から勉学などの英才教育は、ほぼ放棄されてきたとの噂だった。
しかしいくら自身の父が無能であっても、親子の親愛まで失われてしまったのかというと、それについてはフィルドは疑問をもっている。
今回の無謀な討伐命令。皇帝の許可がなければ決行されなかったはず。
であれば側近のリバーシの言う通り、暗殺やクーデターなど国家反逆などの大逆を、フィルドが企てたとでっち上げて奏上したと考えるのが現実的であった。
「死ねと言われたからと言って死ななきゃならない道理はない。よしんば最悪、俺だけが死ぬ事で物事が丸く収まるというのなら、それを許容することもやぶさかではない。しかし、今回はリバーシ、お前も含め、俺の親衛隊の部下達、凡そ100名くらい全員の死刑だ。到底容認できない決定だ!」
「我々としましては殿下と共に、大義を抱いて死ねるのであれば本望でございますが」
「何が大義だ。こんな怠惰な第7王子に、死地まで付き従うなどお前ら正気ではないぞ。正直に言うが俺はお前たち部下たちがいなければとっくにトンズラしているぞ」
「我々という部下が存在する事で、本来は非常に優秀な殿下に仕事をして頂ける。これは殿下の部下、我々全員の誉れであります」
「そんな風に言って退路を絶ってくれる部下を持って、俺は幸せだよ」
リバーシの皮肉にたして、王子フィルドも皮肉を返す。
何も知らない第三者がもしこのやり取りを見た時は、まさか王子とその臣下の会話とは思わないだろう。
王子フィルドは自身に対する部下の非礼については大抵は許容する、というかそれを面白がっている節もあった。
「更に言えばおそらくは今回の謀略。第7王子の殿下の私設部隊のみでの魔物の群れの掃討。これの決定がされた原因は暗黒世界になった帝国並びに世界全体をお憂いになった殿下が行動は始めたからにほかなりません」
世界が暗黒世界になった理由は現在明らかにされていない。
帝国には現在の懸案として地方都市ブルックスに魔物の巣が作られている事。
光の教団とかいう宗教団体が突如現れ、辺境の一部地域を占拠している事などがある。
そしてそれらの懸案について、王族、並びに、実務を実質支配している宰相連中も全く手をつけようとせず。
更に暗黒世界の原因の特定とその解消についても全く動こうとしない現状。
帝国、並びに、世界がこのままでは終わるという危機感から、怠惰を信条とする王子フィルドが行動を始めたのだが、それが宰相スコッドの逆鱗に触れたらしく、王子フィルドの排除という一手を打たせる結果となった。
「8人も王子がいるんだ。他に少しでも優秀な者がいれば俺は怠惰なままでいられたんだがな。それが揃いも揃って、俺以上の怠惰、無能でかつ、宰相の操り人形ときたもんだ! 主体性の欠片もない王子たち。リバーシ、帝国が滅びる日はそう遠くないぞ!」
「大丈夫です。我々には殿下がおります」
「言っておくが俺が頑張る……いや、少しだけ努力するのはこの暗黒世界に関連する事象の解決についてだけだぞ。決して将来、俺自身が帝位を狙ったりとかという事ではないから勘違いするなよ!」
王子フィルドの懸念としては自らが望んでいないのにも関わらず、責任ある立場に祭り上げられる事であった。
彼の臣下たちは彼を崇拝レベルまで信奉しているため、どこぞの新興宗教の教祖のように、祭り上げられたらたまったものではないと警戒をしている。
「真面目な話、今の状況で我々が取りうる戦略は、まずは戦力の増強。戦力の増強として身内、つまり帝国本軍、及び、他王子の親衛隊などの助力は得られない事は確定済だ。よってこの増強先の選択肢はない。次に考えうるのは傭兵の雇用。地方領地を丸々占拠している強力な魔物を殲滅できるような傭兵の団体がいればいいが、そのような団体は世界最強の軍隊を誇る、我が帝国近辺では聞いたことがないというのが現状。後は冒険者や魔術師などの個人戦力での打開。但しSSランク以上の化け物という限定となるがな」
「SSランク以上となれば世界でも数名でしょう。ゼロではありませんが限りなく低い可能性ですな」
「その通りだ。更に言えば俺は死地に送られた、言わば王族の中でも死刑宣告をされたような鼻つまみもの。まともな人間なら助力をしようなどとは思わないはず」
「金で釣るか、或いは、貴族への召し上げ、金、権力と言った所を餌にという所でしょうか」
「まあ碌な者は集まらないだろうな。そもそもが山師に詐欺師が集まるような案件だ」
魔物の巣の討伐は、帝国軍にも甚大な被害が想定されるという理由で今だに敢行されず、王子フィルドたちに押し付けられる事になったが、本来は万単位の軍の戦力で望めば確実な勝機を見いだせるというレベルの相手だった。
正気があるものなら100名程度の軍戦力と共にそのような敵を相手にしようと思わないし、依頼主は王族の権勢も現状ではほぼ皆無の死刑宣告をされているような王子。
そんな依頼受けようという方がどうかしているだろう。
「戦力の増強がうまくいかなかった場合、まあ現状ではこの可能性が非常に高いが。その場合に取りうる選択肢は、討伐命令の放棄だな」
「……それは命令違反になりますね」
「ああ、軍法会議をかけられれば俺は死刑だ。おそらく部下のお前たちも同様に極刑に処されるだろう。まあそんな事は当然許容できない」
「といいますと、まさか……」
「ああ、国を捨てるという選択肢だ。現状小国については例のスタンピードで、亡国の憂き目となった国も多いこの現状。治安も悪化し、盗賊くずれが領主として君臨している地域も多いと聞く。そういった所を統一していければ俺たち自身の国を建国して対処できるかもしれない。まあ、これも茨の道。怠惰な俺としては極力取りたくない選択肢だ」
「それは……私からすると非常に魅力的な選択肢でございますね。殿下が国を興す。想像するだけで身震いがします」
「言っておくがこの選択肢は他の部下たちにはまだ言うんじゃないぞ。変に暴走などされても困るからな。これは最後の選択肢だ」
「……御意に」
建国。
わざわざ国まで興すのは、国家レベルでの対策がこの暗黒世界の解消には必要であろうという、王子フィルドの目算が一つ。
後の一つは彼と彼の臣下たちを守る為だった。
王族が国を捨てるという事はその国を敵に回すという事を意味する。
彼個人であれば大衆に紛れ込み、逃げ切る事はできるかもしれない。
しかし、臣下たち全員がその選択肢を取って逃げ切るのは不可能に近い。
臣下たちを全員救うという選択を取った場合は帝国自体に容易に手を出せない勢力になって、自分たちが力をつける必要があった。
「まあ、何にせよ、冒険者、並びに、魔術師、傭兵の募集をかけてみろ。報酬は破格でな。それでどんな人材が集まるかだ」
「それでは早速手配いたします。さて、どんな山師に詐欺師、有象無象が集まることやら」
彼らがこの募集をかけた後、ランスたちは世界樹を闇の勢力から解放し、ラゼール帝国へと向かう事になる。
募集の期限は1ヶ月。集まらなければ、国を捨て建国。
集まれば、討伐に向かい、それが成功すれば……。
世界は激動へと向けて動き始めていた。
-- 後書き --
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