第30話 一方その頃、暁の旅団は (7)

「……ったく、やってらんねーよ、ばーろー」


 そう言いながら、ランドルフは安酒の酒瓶をラッパ飲みで煽る。

 部屋には酒の空き瓶が散乱していた。


 クリスティン暗殺失敗という事実。

 これでサウス卿に引き立ててもらい、犯罪の事実をもみ消してもらうという道も絶たれた。

 それはランドルフと暁の旅団がもう汚名返上することができず、浮き上がれないという事を示していた。


 このまま犯罪者として裏ギルドからこそこそと案件を受託していくか。

 それとも盗賊などにまで落ちぶれるか。

 どの道、明るい未来はない。

 飲まなきゃやってられなかった。


「……これからどうすんのよ」


 部屋にいるエリーが俺に問いただす。


「どうするって? 泥水でもすすって生きていくしかねえだろ、ばかやろう」

「何よそれ。そんな抽象的な精神論じゃなくて具体的な事を聞いてるのよ」

「知るかよ、ばかやろう」


 とりあえず裏ギルドには登録しているが、案件があるかどうか。

 現状を打開できる手があるならもう打ってる。


「それにあんた、マクルーハン卿から逃げる時……エディの足をナイフで刺したでしょ……」

「……ああ、刺したよ。そのおかげでこうして、俺とお前は牢屋の中にいなくて済むわけだ」

「あの時、スロウかかっていたのだから、全員で逃げ切れたかもしれないでしょ!」

「ああ、かもしれないね。ただ刺した方が逃げられる確度は上がるだろうが!」


 自分でそう話しながらも。

 よくエリーはこんな自分に愛想を尽かして、離れていかないなと思う。

 まあエリー自身も行く所はないのだろうが。


「あんたまだ上を目指す事を諦めないの……?」

「諦めねえよ! なんで諦めるんだ……ばかやろう」

「なんであんたそこまでするのよ?」

「………………」


 自分がなんでそこまで上に登りつめる事に執着するのか。

 その事が限りなく厳しいようなこんな状況になっても。

 その命題を考えたことも意識した事もなかった為、答える事ができなかった。


「…………バカ……」


 そう言ってエリーは部屋から出ていった。

 もう戻ってはこないだろうなと思う。

 こんな男と誰が一緒にいたいと思うだろうか。

 仲間を刺すような男。いつ自分が刺されるかも分からない。


 俺はなんでそんなに上り詰める事に執着したのだろう。

 実家を見返すという事もある。

 しかしそれだけではないような。

 誰もいなくなった部屋でぼんやりとその事について考えた。



 それから数刻がたち。


 コンコン

 部屋のドアがノックされる。

 ここは貧民街の安宿。

 一体誰だ? 剣を引き抜き、ドアまで歩み寄る。


「誰だ?」

「裏ギルドの者だ」


 裏ギルド?

 確かに連絡用に現状の潜伏先は伝えたが。

 犯罪者の自分たち。売られた可能性もある。

 抜いた剣は見えないようにドアを開いた。


「何の用だ」

「依頼だ。三公のオスカー = ヴィルヘルム大公が早急に会いたいとの事だ」

「三公が? なんで?」

「依頼内容は邸宅で会ってから話すとの事だ」

「……分かった。早急に向かう」


 扉を閉め洗面所に向かう。

 三公が一体なぜ俺たちを?

 俺たちをもし犯罪者として突き出すにしても。

 三公ほどの者であれば得られるメリットはほぼない。

 というか信頼という面ではマイナスの方が大きいだろう。


 顔を洗い洗面台の鏡で自身の顔を見るが。

 我ながらひどい顔だ。

 ほんの一ヶ月前まではこんな風になるなど想像もできなかった。


 三公との面会。

 運が向いてきたのか。

 起死回生の策になるのか。

 それとも死神の誘いなのか。

 行ってみなければ分からない。


 支度を済ませすぐにオスカーの邸宅へ向かう。



 邸宅に着き、用件を伝えると応接室に通された。

 さすが三公の中でも高利貸しを生業とし、莫大な資産がある貴族。

 壁には絵画、室内には絢爛豪華な装飾品の数々で彩られている。


 応接室で暫く待つと一人の男が現れた。

 金髪を七三分けにして眼鏡をかけ知的そうだが、その目つきから冷たそうな印象もうける男。


「この度は……」

「ああ、つまらない挨拶はいらない。お前が暁の旅団のランドルフでよかったな」

「はい、そうです」

「裏ギルドに登録があったから呼び出してみたが、ほんとにのこのこやってくるとはな」

「…………」


 なんだ呼び出しておいてその言いぐさは?

 であればよくない用件なのか?

 俺がそれに返せずにいると


「……犯罪者として突き出そうとか、そんなつまらない事はしない。丁度今、敵対しているマクルーハン卿の冒険者パーティーを調べていたら、お前らの事も知ってな」

「ありがとうございます。それで……今回の用件とは?」

「依頼失敗し挙げ句犯罪行為も行い、ダメ押しでマクルーハン卿の暗殺失敗か? お前これからどうするんだ?」

「…………どうするんだと言われましても……今の所、打開策など特にありませんが……まだ上を目指す事は諦めてはいません」


 俺がそう言い終えると。

 突然、オスカーから前蹴りを食らった。

 椅子から転げ落ち、攻撃を食らった腹部をおさえる。

 なんだ? 一体なんのつもりだ?


「なに……しやがる……」

「ふん、まだ上を目指す事を諦めないだと? そんな状況になって笑わせるな。」


 なんなんだ、こいつは。

 俺は何か気に障るような事を言ったか?

 ちきしょう、とことんツイてないみたいだ。

 俺は腰にさしてある剣に手をかけるが――


 ガッっと今度は顔面を蹴り上げられる。

 速い。これは不意を打たれなくても普通にかわせない。

 地面に倒れた俺の顔面をオスカーはその革靴で踏みつけてくる。

 応接室の下に敷かれたカーペットが蹴られて噴き出した俺の鼻血で染まる。

 この野郎。


「お前の状況はほぼ詰んでいる。なぜ諦めない? なんでそこまでする?」


 オスカーは腰にさしていた剣を抜き、それを俺の首筋に当てる。

 くそッ、こいつ俺を殺すつもりか?


 エリーにも問われた質問。

 なぜそこまでするのか?

 オスカーが気に入らない返答をすれば殺される可能性もある。

 半ばやけになって歯を食いしばりながら俺は思いのままをぶちまける!


「死ぬのも、悪名を被るのも別に怖くはない! 怖いのはこのまま自分が死ぬこと! このまま何者にもなれず、何も成さず、人に知られずに死んでいくのは耐えられない!! 俺が生きたという証明。それが立てられるのであれば俺はどんな事だってやってやる!!!」

「…………」


 それは俺の魂の叫びであった。

 もし今、この瞬間死ぬとするのなら。

 俺はなぜ今まで生きてきたのか?

 有象無象として人々から忘れ去られていく為に生きてきたのか?

 自分が生きた証を立てられないのは、死ぬことよりも耐え難い苦しみだ。

 俺はそんな事の為に今まで生きてきたのでは決してない!


「……なるほど。お前という人間が、少し分かった」


 そういうとオスカーは、俺の顔面を踏みつけていたその足をどけた。


「気に入った。そこまで落ちながらも気概を失わないお前という人間がな。力が欲しいか? 力が欲しいならくれてやるぞ。但し、適正がなければ死ぬ可能性もあるがな」

「…………欲しい……力が……力が欲しい! このままで終わってたまるか!! 可能性があるのならこの命を!! 俺の全てを賭けてやる!!!」

「よし、じゃあその椅子へ座れ」


 俺が椅子に座るとオスカーはその後ろに立った。

 俺の背中にオスカーはその手を当てる。


「お前にこれから闇属性を獲得させてやる。闇属性は通常人間は得る事ができない強力な特殊属性だ。まあ適正にあわなければ死ぬ可能性もあるがな。これから3日3晩は属性が体に馴染むまでは苦しむことになる。心の準備はいいか?」


 俺はこくりと頷いた。

 そうするとオスカーの手から温かい何か。

 魔力溜まりのような物が俺の背中を通して注入されてくるのが分かる。

 そこでオスカーは小さな声で俺に囁いた。


「我らが信仰する神は邪神エストール様。この名をよくおぼえておけ……」


 注入が終わったのかオスカーは俺の背中からその手を離した。

 ……ん? 別になんともないぞ。3日3晩、苦しむとか言っていたが……いや……これは……


「あッ……がッ……く、くッ……」

「来たな苦しみが。もう喋るのも辛いだろう。おい、もう入っていいぞ」


 オスカーのその言葉で部屋に入ってきたのはエリーだった。

 なぜエリーが?


「こいつは生かしてやった。後は連れて帰ってやれ」


 エリーはその言葉に頷くと俺に肩を貸す。

 オスカーはそれで早々に部屋から去っていった。

 エリーも裏ギルドからの情報を得ていて、先にオスカーに会っていたのか?


「うッ……あッ……」


 なんでエリーが? 問いただそうとするが苦痛が強すぎて声がでない。

 俺の事を見限ったのではないのか?

 エリーこそなんでここまで俺についてこようとするんだ?


「……バカ……なんだから……」


 エリーはそれだけ言った後は無言となり。

 俺にその細肩を貸して、ゆっくりとオスカーの邸宅を出ていく事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る