第29話 覚醒と悪夢

「チュンチュン、チュンチュン」


 小鳥たちの囀る鳴き声。

 朝の神聖な空気が窓の外に漂っている。

 さいの最終日。今日中に魔術書を手に入れ封印を解除する必要がある。

 昨日はまずはエデンバラ王国に帰ってきてクリスティンに会い、ランドルフたち暁の旅団の襲撃について聞いた。

 あいつらまさかクリスティンを狙っていたとは。

 クリスティンが無事で良かった。


 その後、ベイリーが魔術書の封印について知っていそうだったので、ベイリーを探したが見つからなかった。

 またブルーノも帰ってきているはずでオスカーの所に探りにいってみたが、オスカーとブルーノ、二人の姿がなかった。

 もしかしたら魔術書の強奪を恐れて身を隠したのかも。


 今日もまたベイリーとブルーノを探すつもりだ。

 もうすでに手遅れの可能性はあるが最後まで足掻いてみるつもりだった。

 決意を新たに俺はとりあえずの腹ごしらえの為、朝食に向かった。



 ◇



 魔術書を手に入れて一晩明け。

 そして更に昼過ぎまでかけてグラン・グリモワール大奥義書を読破した。

 一気に覚えた冥魔法の数々。

 ほとんどが闇の上級魔法の応用であったので、そこまで手こずらずに習得する事ができた。


 元々、一族の先祖が書き残した魔術書。

 その血を引く自分が冥魔法を習得可能なのは当然な事ではあるのだが。


 ずっと許可していなかった自室への入室を許可すると、いの一番にブルーノが部屋に入ってきた。


「オスカー様! 早く、魔術書を城へ持ち込まさせて下さい!」

「ブルーノ、それはもういいんだ」

「え? ど、どういう事ですか?」


 ブルーノが理解できないのも仕方ない。

 状況が変わったのだ。大公という身分を子飼いに取らせるために奮闘する。

 それが全く意味がないほどに自分は強くなってしまった。


「率直に言ってしまえば、この国の王として俺が君臨する。よって大公などというものは無意味だし、お前には望むままを与えてやれる、という事だ」

「王として君臨する…………」

「ああ、力を示さねば俺の言っている事は理解できんだろうな。そうだな……まずは」


『冥界騎士召喚』


 オスカーは両手を広げて冥魔法を発動する。

 すると部屋の中に突然、黒扉が現れたと思ったら。

 その扉が開き、中から骸骨の騎士の格好をした者たちが三体、部屋の中に入ってきた。

 全身黒づくめの鎧とマント、剣をそれぞれ携え、オスカーの前で忠誠を誓うように片膝をついて、頭を垂れる。


「まずは冥界三騎士を召喚。この者たちはかつては冥王の護衛騎士を勤めた、冥界の中でも屈指の上位の魔物たち。つまりは地上にいる魔物など、比べ物にならないほどに強いという事だ」


 ブルーノは驚愕の表情をもってして冥界三騎士を眺めている。

 彼は魔術師ではあるがその戦闘経験の豊富さと実力の高さより、戦わずしても冥界三騎士の強さを肌で感じている事だろう。


「それでは少し屋上に上がるか。ちょっとした余興を行おう」


 オスカーの邸宅は4階建て。

 屋上はテラスになっており4階建ての建物は王都といえどそう多くない為、貴族街から一般居住区、商人街まで一望できた。

 屋上に上り、椅子にゆったりと座る。

 傍らには当然、冥界三騎士が佇んでいる。


「おい、ワインを持ってこい。後、適当につまむ物もな」


 そのように執事に指示をだした後で。


『冥界次元道』


 オスカーがそう唱えると邸宅を少し離れた先に、漆黒の次元の裂け目が作られた。

 するとその裂け目から魔物が次から次へと湧いてくる。


「あれは冥界と次元道でつながっている。小さな裂け目だから力の強大なものは通り抜けることはかなわんが、腐っても冥界。冥界で低級といってもこの世界では上級相当の実力がある。ブルーノ、これから面白いショーが眺めるぞ」


 先程、命じられた執事がワインと軽くつまめる小物を持ってやってきた。

 オスカーのすぐ近くにある机にワイングラスを置き、そこにワインを注ぐが、その手は震えていた。

 供されたワインを片手にオスカーは冥界の魔物たちの動向を観察する。

 魔物を目撃した市民によってすぐに叫び声が街に響き渡った。


 逃げ惑う市民たち。

 一部、逃げ遅れる人間たちが容赦なく魔物に襲われ、その生命を奪われていく。


「ハハハハーーッ!! 素晴らしい、見たまえブルーノ! 人がまるでゴミのようだ! ほら見ろ、ほとばしる血しぶきを、その鮮血を! ゴミどもが次々と蹂躙され、掃除されていく。悲鳴が心地いいぞお! どんなに素晴らしいオーケストラでもこの音色を奏でる事はできないだろう! 最高っのショーだよこれは!!」


 オスカーは元々加虐嗜好はあったが、ここまでではなかった。

 強大な力に覚醒して人が変わってしまったのか。

 或いは、これがオスカー本来の姿なのか。

 恐怖にも似た感情でブルーノはオスカーのその様を瞠目していた。



 ◇



「キャー!」

「うわー、助けてくれー!」


 ベイリーとブルーノを探し回って街を徘徊していた時の事。

 突如、逃げ惑う人々に遭遇する。

 なんだ? 何かあったのだろうか?

 人々が逃げる方向とは逆方向へと俺たちは向かってみる。

 その先には、何体もの魔物が確認された。

 王都に魔物が? なぜ?


「わぁーん、お母さーん」


 逃げ惑う人々の先で一人の子供が倒れた母親の側にいる。

 そこにはもう魔物が迫ってきていた。


「ミミ、ソーニャ、行こう!」


 間に合うか?

 サソリのような魔物がその尾の尖った先を子供に向ける。

 だめだ。仕方ないしゅんし……と俺が瞬神しゅんしんを発動しようとした時。

 側方から魔物に大剣で攻撃が与えられる。

 そのサソリのような魔物は吹っ飛び、近くのアパートと思われる住居の壁を破壊する。

 一撃で粉砕したらしく魔物は攻撃後、ピクリともせずにその動きを止めていた。


 攻撃を与えたのは全身を黒のローブで覆い、頭にも深くフードを被った者。

 あいつは確かさいの開会式で見覚えがある。

 確か三公の一人のカロリーナ = エリザベートの子飼い。

 ラーナの傍らにいた者だ。


 辺りをよく観察してみるとラーナと思われる少女が、建物を壁にしてそこから半身を出してその戦闘の様子を伺っており。

 戦闘が終わると助けるために子供に駆け寄っていた。


「大丈夫? あっちに教会があるからそこに避難して」


 ラーナは子供にそう促している。


「やあ、君、ラーナだろ。こんな所で何してんの?」

「あ、あなたは……確かランス。街を歩いてたら襲われてる子供を見つけたからオメガに頼んで……」


 オメガと呼んだ者が先程大剣で魔物を一撃で打ち倒した者だろう。

 相当強いと見た。


「君も神聖教徒都市からとんぼ返りで街を探索してたの?」

「いや、私は……高い所が苦手だから、ワイバーンに乗れなかったので……。今もたまたま歩いていただけで……」


 ラーナは恥ずかしそうにしながらも自身の状況を説明した。

 なんだろう。ラーナはさいで大公の座を勝ち取るつもりがそもそも無いのかな、とも思う。


「強いねオメガ。俺たちも魔物を殲滅していくから一緒に手伝ってよ」

「う、うん……オメガ、お願いね」


 ラーナのその言葉にオメガはこくりと頷いた。

 人々の悲鳴はまだ続いている。俺たちはその悲鳴の方向へと向かっていく。


 状況は酷いものだ。

 先程までの王都の日常はどこにいったのか。

 道端には死体が転がり、そこで泣き叫ぶその死体の子であると思われる子どもたち。

 その光景は正に戦場と形容してもいいような、悪夢のような地獄絵図が広がっている。


 俺とミミとソーニャ、そしてオメガはそれぞれ魔物たちを殲滅していっているが数が多い。

 それにその魔物たちの中心部と思われる箇所に近づけば近づくほど、死体の数は増えていった。

 一体どれほどの命が失われたのか。


 次から次へと襲いかかる魔物を打ち倒して進んでいくと。

 妙なものが目に映る。

 なんでもないような空間に裂け目があり、そこから魔物が湧き出ている?

 なんだあれは? それにここは三公のオスカー邸の目と鼻の先。

 オスカーたちが何か関係しているのか?


 するとオスカー邸の屋上でこちらを眺めているオスカーと目があった。

 この地獄絵図の中、なぜ何も対処せずにのんびりと屋上で構えている?

 うん? よく見るとベイリーもいるような……。


「ミミ、ソーニャ、ここは任せた。俺はちょっとオスカー邸に行ってくる」

「了解です」

「お気をつけて」


 俺はオスカー邸の塀を飛び越え、その敷地内に足を踏み入れる。

 そして浮遊術の魔法を発動して屋上部分へと降り立った。




「これはこれはランス君。私の素晴らしいショーを、めちゃくちゃにしてくれてありがとう」

「ショーだと?」


 オスカーの傍らには明らかな魔物の暗黒騎士? が三体佇んでいる。

 見ただけで分かる。相当高位の魔物だ。

 それにベイリー。

 ランスが現れても何の反応もなく、明らかに様子がおかしい。


「ああ、人々の悲鳴という最高のオーケストラも備わった、殺戮ショー。中々見れるものではないよ、あれは君」


 狂った事を言ってやがる。

 魔物を傍らにたずさえ、もう自身を取り繕う必要がないと判断したのか。


 今、ここでオスカーを切り捨てるか?

 いや、さいの最中でそれは流石にまずいだろう。


「クリスティンから色々と聞いていたけど、お前はその想定を遥かに超えるクソ野郎だな」

「過分なる称賛をどうもありがとう。君にとってのクソ野郎は私にとっての褒め言葉でしかないのだよ、ランス君。さて、ショーも楽しんだことだし、私は仕上げをしに城に向かうとしよう」


 こいつはいかれてやがる。

 城に向かうと言っているが、どうせろくでもない目的なんだろう。

 行かせるかよ!


「ブルーノ……、そしてベイリー。ランス君たちをここで殲滅しなさい。私は城へ行ってくる」

「御意」


 ブルーノはそう応え、ベイリーは……俺に向き合いやる気か?

 ベイリーは先程から一言も発しないし、何か操られているのだろうか?


 くっ、ブルーノはともかくベイリーは操られているなら、傷つける訳にはいかない。

 俺が逡巡しているうちにオスカーは行ってしまった。


 ブルーノとベイリー二人が詠唱を始め、俺に対して雷撃魔法を放つ。


瞬神しゅんしん


 俺は一瞬のうちにミミとソーニャの元に戻る。


「ミミ、ソーニャ、なんかベイリーが敵の手に落ちて、洗脳みたいなのかけられているみたいなんだ」

「洗脳ですか……闇魔法の関連なら、わたしの聖魔法で解けるかもしれませんが」


 この場は、オメガとミミの二人でも大丈夫かな。

 次元の狭間からの魔物の流入も一旦、落ち着いているみたいだし。


「よし、じゃあ、ソーニャはブルーノとベイリーとの戦闘を手伝って欲しい」

「了解です」


 そうして屋上から降りてきた。

 ブルーノとベイリー両名と俺とソーニャは対決する事となった。

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