第2章 魔術書争奪編

第20話 エデンバラ王都

「おい! お前、通行証を出せ」


 エデンバラ王都への通行門。

 大人が何人も縦に入りそうな巨大さだ。

 通行門左右のその高い城壁は、目視で確認できないほど遥か遠くまで続いている。


「これ、通行証」


 俺はクリスティンに言われていた通行証を警備兵に手渡し、自分の何倍もありそうなその巨大な通行門をくぐる。

 しばらく歩いた先に見知った顔が待ち構えていた。


「遅かったわね。問題なく通れたでしょ」

「ああ、問題なかったよ」


 クリスティンは、その豪奢な馬車の中から話しかけてくる。

 その傍には執事のハーバードもいた。


「じゃあ、ついて来て。王都の邸宅に向かうわ」


 クリスティンは、どうやら王都に邸宅を持っているらしい。

 というか、元々王都出身だったらしい。

 都落ちをして、カラカス地方に流れてきたのか。

 その辺りの事情は、後で教えてくれるらしかった。


 クリスティンを乗せた馬車が進んでいき、俺たちはそれについて行く。



「ここよ! 懐かしき我が故郷」


 馬車を止めて降りてきた、クリスティンが話す。

 彼女の目の前には、周辺の屋敷に比べても一際大きな屋敷が建っている。

 部屋は20くらいあるだろうか。

 そして広い庭。庭だけでそこらへんの屋敷なら2、3軒は建ちそうだ。

 手入れは、行き届いているとは言い難く、今は雑草が生い茂っている。

 屋敷も、誰も住んでいなかったのだろう、少し傷んでしまっているように見えた。


「使用人には前もって入ってもらってるから、中は外に比べたらマシなはずよ。さあ、みんな入って」


 屋敷中央の大扉から玄関を入る。

 そこは2階まで吹き抜けになる、広い空間が広がっていた。

 入って正面には、高価そうな装飾が施された鎧。

 壁には絵画が飾られ、玄関から向かって奥には、2階へ登る階段に赤い絨毯を敷き詰められてあった。

 クリスティンの言葉通り、屋敷内は外の様子と比べるとずいぶんきれいだ。

 きっと使用人さんたちが、頑張って掃除してくれたんだろう。


「じゃあ、執務室は2階になるから、ついてきて」


 俺たちは、クリスティンについて、赤絨毯のその階段を上がり。

 2階のある一室へと入っていった。


 執務を行うであろう、大きな机とその後方に本棚。

 そしてその前方には、客用であろうソファーがあり、俺たちはそこに通される。

 クリスティンは、その執務机とそして、大きな椅子、本棚などを懐かしむように手でなぞっている。


 俺はクリスティンのその仕草から、ここは何かしら彼女にとって、何か特別な場所であるような気がした。


「幼い頃、よくここに忍び込んでお父様に怒られたわ。幼い私にとってここは秘密基地のような場所であり、お父様の執務への好奇の場所でもあった……」


 クリスティンは本棚に立てかけられていた、小さな肖像画を眺めている。

 彼女の両親だろうか。


「みんな私に初めて会った時、こんな小娘が公爵家の当主ってびっくりしたでしょ。もちろんそれには理由があるの。それについてこれから話すわ」


 クリスティンはそう言うとその大きな椅子にもたれかかり、彼女の身の上と、マクルーハン家の悲劇について話を始めた。


「そうあれは私がまだ6歳の頃だった」



 ◇



 ドキドキ。ドキドキ。

 執務室の机の下に潜んでいる。

 もう少ししたら、お父様が帰って執務室にやってくるはず。

 そうしたら、ばっと出て、驚かせてやるんだ。


「お嬢様ー! お嬢様ー!」


 クリスティンを呼ぶ大きな声。

 あの声はきっと執事のハーバードだろう。


 もう、せっかく隠れてるのに邪魔しないで!

 とも思うが、あんな大きな声で呼ばれるのも珍しい。


 何かあったのだろうか?

 クリスティンは少し不安になる。


「お嬢様ー!」


 ハーバードは、遂に執務室の中にも入ってきた。


「お嬢様、旦那様と奥様が…………いないか」


 お父様とお母様が?

 何かあったの?


「ハーバード、お父様とお母様がどうしたの?」


 クリスティンは机からひょこっと顔を出す。

 ハーバードは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐにクリスティンに駆け寄り。


「お父様とお母様が襲われました」


 襲われました? 誰に? どこで? どうして?

 クリスティンには次々に疑問が浮かぶが。

 一番重要な疑問が最後に浮かび、そしてそれをハーバードに尋ねる。


「お父様とお母様は無事なの」

「………………」


 ハーバードは沈痛な表情をして、その質問に答えない。


 えっ? 嘘でしょ? 今日、朝みんなでお食事して。

 ちょっと用事があるからって、二人で外出して。

 お父様は帰ってからも仕事しなきゃいけないって。


「お二人ともお亡くなりになりました」



 それを聞いた直後の記憶は、クリスティンにはない。

 泣き叫んだか。あるいは、頭が真っ白になり、何も考えられなくなったか。

 今もってそれを思い出せないのは、おそらくそれが、余りに辛いトラウマだからであろう。

 それから葬儀自体の記憶も、クリスティンには朧げにしかなかった。

 よってランスたちにそれを伝えることはできない。


 クリスティンが、鮮明に覚えているのは両親の葬儀の後の事だった。

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