第12話 一方その頃、暁の旅団は (3)
「あー、かったりーなあ。じゃあ、行くかぁー」
村人たちに見送られる中。
リーダーのランドルフが率いる暁の旅団は、ゴブリンの討伐に出発した。
彼らは一様に酒の匂いをプンプンさせている。
昨日の深夜までの酒が、まだ抜けていないのか足取りが怪しい者もいた。
村人たちは見送りには参加しているが、そこに冒険者たちへの声援はない。
彼らの態度、振る舞い、横暴に溜まりに溜まった鬱憤は爆発寸前だった。
冒険者PTが見えなくなると。
「さて、それでは奴らが戻ってくるまで待とうか」
村長はそう言って自宅へ引っ込んでいく。
村のみんなも各々各自の役割に戻っていった。
「飯はまあまあ食えたが、給仕の女は田舎くせえ娘ばっかりだったなぁ」
「ほんとだぜ! 給仕の女も食ってやろうかと思ってたのに、あれじゃ食指は動かねえよ!」
「「「ぎゃあーはっはっは!」」」
これからゴブリンの討伐に向かうというのに、緊張感を持っている者は一人もいなかった。
メンバーそれぞれが、ゴブリンを単体では討伐経験がある。
というのも、緊張感を持てない一因であった。
たかがゴブリン程度、と自分たちの勝利に疑いが全くなかったのである。
しばらく歩くとゴブリンの集落が見えてきた。
ゴブリンの集落は小さな岩山に囲まれた小さな盆地にあり、所々岩山に横穴が掘られ、そこに居住しているようであった。
「じゃあ、やるか」
ランドルフが片手剣を抜き、片手で剣を肩に担ぎながら前に進みでる。
いつも通りの陣形で前衛が剣士ランドルフ。
中衛に補助魔術師のエディ。
後衛に弓士のカルカス。
そして攻撃魔術師のエリーという陣形だった。
「ギュ!? ギィッ!」
ゴブリンたちがランドルフたちに気づく。
横穴からゴブリンたちがゾロゾロと出てくる。
その数ざっと40〜50体。
「おらぁ!」
前衛のランドルフがゴブリンたちに斬りかかる。
袈裟斬り一閃で一体目のゴブリンを倒した。
「ギィギャーーッ!」
ゴブリンたちは次々に襲い掛かってくる。
『ヘイスト!』
『プロテク!』
補助魔術師のエディは、次々とパーティーメンバーに補助魔法を掛けていく。
弓士のカルカスは、冷静に後衛からゴブリンたちを射抜きその数を減らしていった。
『ブリザード!』
エリーは、氷撃の範囲魔法を繰り出す。
その攻撃によって、ゴブリンたちは次々と氷結され戦闘不能に陥っていく。
パーティーメンバーたちは、ゴブリンの数を40、30と減らしていった。
ガキンッ!
今まで一閃で終わらせていたランドルフの攻撃を防いだゴブリンが現れた。
普通のゴブリンより背丈が高く、人間ぐらいある。
おそらくこいつがゴブリンキャプテンとかいう奴だろう。
「面白え!」
ランドルフは、剣技を放つ為に居合の構えで溜めを作る。
『斬空波!』
居合から横一閃に剣撃波を放つ。
「ギュワオゥ!?」
ゴブリンキャプテンがそう呟き、自身の腹部を見た時、すでに上半身と下半身が切り離されており真っ二つになった体は崩れ落ちた。
その剣撃波によって、併せて後方の5体ほどのゴブリンもまとめて葬っている。
「楽勝だなこりゃ」
最初は50体ほど居たゴブリンたちは、残り10体ほどになっていた。
その時――
「グゥギャオオオ゛ッーー!!」
別の横穴から一際大きいゴブリンと、20体程のゴブリンたちが追加で現れた。
一際大きいゴブリンは、成人男性の1.5倍ほどの背丈があり筋骨隆々だ。
人間が扱う両手斧の倍ほどの大きさのある斧を、片手で軽々と持ち上げている。
間違いない。奴が今回のランクBの標的、ゴブリンジェネラルだろう。
「おらぁ!」
ランドルフは、早速ゴブリンジェネラルに躍りかかる。
飛び上がり上空から両手で、剣を思いっきり振り下ろす。
が、ゴブリンジェネラルは、それを斧で片手で軽々と受け止める。
鍔迫り合いになるとなんでもないかのように、ひょいっとランドルフを後方にふっ飛ばした。
「流石に強えなぁ」
ランドルフはそう言って、汗を拭いながら機を探す事にする。
弓士のカルカスは、後衛からゴブリンジェネラルに対して弓を放つが。
それをジェネラルは、斧を片手で信じられないような速度で操り、放たれた弓を次々と撃ち落とす。
『フレアボール!』
エリーは、ゴブリンジェネラルに向かって、単体の火魔法を放った。
だがそれも巨大斧で一閃。
残り火が多少当たっているにも関わらず、なんともないようであった。
そのフレアボールを、ゴブリンジェネラルが防いだ隙をついて。
ランドルフは、左後方から背中と脇腹辺りを袈裟斬りで一閃した。
「よしゃあ!」
無防備な所に剣撃がヒットした為、ランドルフはこれでゴブリンジェネラルを倒したと思った。
しかし剣撃が当たったはずの場所は……よく見ると傷一つ、ついていない。
逆にジェネラルは、大斧を振りかぶっている。
すぐにランドルフは後方に避けるが。
ドギャーーンッ!!
ゴブリンジェネラルが大斧を振り下ろした先は、その衝撃によりちょっとしたクレーターのように、その岩肌を陥没させていた。
「な!? 馬鹿な、こいつ化物か?」
パーティーメンバー達が驚愕している中。
「グゥギャオオオ゛ッーー!!」
と先ほど聞いたの同じような大きな咆哮。
また別のゴブリンジェネラルが、違う横穴からゴブリンを引き連れて現れた。
ゴブリンジェネラルが同時に2体!?
上位種は通常一緒にいないはずだった。
……それを統率する更に上位種がいない限りは。
「まさか……」
とランドルフが、その可能性に思い当たった時。
一番奥の穴からゴブリンジェネラルより更に大きい、ハルバール(斧槍)を手にし、黒のマントと、そのしたに鎧を着込み頭部には王冠のようなものを被った者が現れた。
(ゴブリンキングだ)
「殺すな、生け捕りにしろ。苦痛という苦痛を与えて存分に楽しんでやる」
ゴブリンキングは、そのように人語で配下のゴブリンたちに指示を出した。
「ど、どうすんだ! ランドルフ!」
メンバーたちはパニックになって言う。
ゴブリンキングはSランク。
ゴブリンジェネラル一体でも、勝てるか怪しかったのに絶対に勝てない。
ランドルフのその足は震えてくる。
捕まれば、ゴブリンキングが言っていたようにただでは殺されない。
地獄を見ることになる。いやだ、死にたくない。
……ランドルフは素早く頭を働かせてある判断を下し、そして逃げ出した。
途中カルカスとすれ違う時に、みんなの死角で隠した短剣でその腿をこっそりと突き刺す。
「痛っ! ランドルフ、何を!?」
メンバーたちはランドルフの突然の逃亡と、カルカスの声に動揺するがすぐにランドルフの後を追う。
このままでは、ゴブリンたちに殺されるからだ。
「逃げるぞ、付いてこい!」
メンバーにかなり先行した所で、始めてランドルフはそういった。
「ち、ちきしょう! なんでだ! ランドルフ!」
足を負傷したカルカスは走って逃げれない。
迫ってくるゴブリンを、弓で攻撃するも焼け石に水だった。
殺到した多数のゴブリンに両手を押さえられる。
抵抗できなくなった所で顔面を殴られた。
ゴッゴッゴッ!
辺りに嫌な音が響いた。
「ひぃ、ひぃいいい! た、助けてくれー!!」
カルカスは、これから自分に訪れる辛苦を思い浮かべ、半ばパニックになって叫ぶ。
「殺すなよ」
とゴブリンジェネラル。
「こいつはキングが後で料理する。奴らを追撃しろ!」
ゴブリンたちは、ジェネラルの指示で冒険者たちの後を追った。
ランドルフたちが、走って戻ってきたのを見張りが察知。
すぐに村長に連絡が行き、村長は冒険者たちを待ち構えていた。
「どうでしたか? ゴブリンどもの討伐は?」
「はあはあはあ……ああ、討伐成功だ。安心してくれ。」
ランドルフがそういうと。
「お゛お゛お゛ーーッ!!」
村人たちの歓声が巻き起こる。
ランドルフは、村人たちが喜びで溢れかえっているその隙を見て。
メンバーを促し、すぐに移動に使う馬車に向かった。
「おい! ランドルフどういう事だよ、討伐成功って。すぐにバレるぞ!」
メンバーがランドルフに詰め寄る。
「さっさと出発だ! この村を囮にする」
ランドルフのその言葉にメンバーは絶句する。
「キャーー!」
ゴブリンの集団が来たのだろう、悲鳴が聞こえた。
「さっさとしろ! 乗り込まないなら置いてくぞ! おい! さっさと馬車を出せ!」
メンバーたちはしぶしぶ馬車に乗り込んだ。
馬車はすぐに出発する。
その後方では、ゴブリンたちに襲われる村の地獄絵図が展開されていた。
「ランドルフ! どういう事だよ! カルカスの事も見捨てやがって!」
補助魔術師のエディが、ランドルフに詰め寄る。
「しょうがねえだろ! あの状況でどうやって助ける! 全滅すりゃあよかったのかよ!」
「くっ……!」
「村の事は? あの村全滅するわよ!」
次に攻撃魔術師のエリーがランドルフに詰め寄る。
「どっちにしろあの村はもう終わりだった。なら最後、俺達の囮になって、役に立ってもらった方がいいだろう」
「…………」
馬車内は陰鬱な空気に包まれる。
そんな空気も関係なしに「ちっ」とランドルフは舌打ちをした。
間違いなく今回の任務は失敗だ。
サウス卿にどう申し開きをするか……。
そもそも今回の任務、ゴブリンジェネラルが二体に、キングが一体。
依頼内容と実際に大きな乖離があった。
これを押せば、俺達の減点にはならないだろう。
あれを討伐するには軍隊レベルが必要だ。
カルカスを失う事になったが……。
まあいい捨て駒にはなってくれた。
あいつ程度ならすぐに補充できる。
パーティーにとって、マイナスにはならないはずだ。
サウス卿に申し開きするには、少し経ってからにしよう。
その頃には、軍隊を派遣レベルの話にはなっているはずだ。
よおし。
算段のついたランドルフは、歪んだ笑みを浮かべる。
もちろん、こうして彼らが逃げている最中も、カサンバラ村ではこの世の地獄が展開されていた。
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