第11話 ゴブリンの襲撃

 まだ日が昇る前の早朝。

 俺は馬車を操り。カラカスの街を出発している。

 後ろの荷台ではミミとソーニャが、荷物袋を枕に眠りについていた。

 折角の門出だが、街を出ても辺りは薄暗く、更に霧が立ち込めて何も見えなかった。


 しばらく馬車を進めていると日が昇る。

 薄暗かった世界は、一気に明るくなり霧はすぐに霧散していった。

 早朝特有の澄んだ空気と太陽の光により、自身が浄化されているかのように感じる。


 霧で水分を孕んだ草原の草々が朝日に照らされ煌めいた。

 鳥たちも目覚め、群れをなして羽ばたいていっている。

 俺はまた馬にむちをやり、馬車を走らせていった。



「こんにちわー」

「あ、こんにちわー」


 しばらく馬車を走らせると、集落に差し掛かる。

 通り過ぎている集落の子供たちが手を振ってくる。

 ここは街道の為、旅のものはそれほど珍しくないだろうが、人見知りしない子たちだ。


 出発からずっと平原部が続き、放牧をしている牛達。

 または羊達などが散見される。

 都市からここまで離れると、人を目撃するのも集落以外ではほとんどない。

 村と呼べるような規模の集落もそう多くなく、出発して半日ほどの間で今まで通り過ぎた集落では二村ほどだ。


 荷台のミミとソーニャも流石に今は起きているが、特にする事もないので周りの景色を見るなど大人しくしている。


 直近の集落を通り過ぎた後、俺は地図を拡げる。

 この集落から、次の集落までは随分と距離がある。

 この為、今日は野宿になる予定だった。

 雨が気がかりだったが、空は雲が多少流れる程度。

 この調子だと大丈夫そうだった。


 平原部が続いていた風景も、街道を隔てて西部は森が、東部は平原が続くように少し変わっている。

 平原部に魔物が潜むような事は滅多にないが、森には魔物が潜む事がよくある。俺は少し警戒しながら馬車を操る。


 西側に森が広がるようになってしばらく進んだ所で、前方に同じような馬車が止まっているのが見えた。

 なんだろう、馬の休憩だろうか?


「ミミ、ソーニャ」


 二人にも声を掛けて注意を促す。


 もう少し近づいてみると。

 ゴブリンに旅人たちが襲われてる!


「ミミ、ソーニャ、いくぞ!」


 そういって俺は馬車を止め。


瞬神しゅんしん


 俺は一瞬で襲撃の現場に到着する。


 その現場は馬乗りになって一方的に殴られて、おそらくなぶられているであろう男性と一体のゴブリン。

 衣服を破り剥ぎ取られ、今にも犯されそうな少女と一体のゴブリン。

 それを止めようと必死になって叫んでいる母親と、その様子をニヤニヤと笑いながら母親を制止する一体のゴブリン。

 剣が突き刺さって絶命している一体のゴブリン。

 そしておそらく息はもう無いだろう、と思われる肉塊となった一人の男性だった。


 俺はまずは、少女を襲っているゴブリンの首を跳ね飛ばす。


「ギ? ギ、ギャギャッ?」


 一瞬で少年が現れたと思ったら、仲間のゴブリンの首が転がっている。

 母親を制止しているゴブリンは、状況を理解できず混乱していた。


 俺は次に、男性を殴ってなぶっているゴブリンをターゲットに。

 こっちのゴブリンは、その蹂躙に夢中でこの状況に気付いていない。

 俺はまずは馬乗りになっているゴブリンを、蹴飛ばして男性から引き剥がした。

 殴られた男性の顔は元の形が分からない程、腫れ上がっている。


「ソーニャ、傷を頼む」


 ソーニャにそう頼んだ後に、俺は剣を水平に一閃。

 剣は銀の円弧を煌めかせながら、ゴブリンの首をきれいに跳ねた。

 そして最後の一匹に向き合おうとした時。


「ズドンッ!」


 大きな音と地響きが鳴り響いたと思ったら。

 最後のゴブリンの頭部は、ミミの拳によって地面に叩きつけられ、潰れたトマトのようになっていた。


 戦闘が終わり衣類を剥ぎ取れた少女に対して、ミミが体を包むための毛布を渡す。


「ああ、よかったぁ!」


 母親は少女を抱きしめる。

 放心状態になっている少女が、傍らで肉塊になっている男性に対して――


「お父さん……」


 と呟く。

 母親もそちらを確認し。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛ッーー!!」」


 二人は慟哭した。




 ゴブリンに殴られていた男性は、商人兼運び屋だったようだ。

 一体は倒したが、多勢に無勢で敵わなかったらしい。


 父親は娘と妻を守るためにゴブリンに立ち向かっていったが、力およばず一方的に蹂躙されたらしかった。


 親子連れは、母方の実家の田舎に帰省していて、王都カラカスに帰る途中だったらしい。

 馬車や馬、荷物などは幸い無事だった。

 俺達と親子連れと運び屋は進行方向が逆の為、ここで別れる事にした。


「ありがとうございました」


 別れる時、焦燥して力なく別れの挨拶をした親子の姿が俺の脳裏に刻まれた。




「ご主人様は、ゴブリンとの戦闘は初めてですか?」

「ん? ああ、初めてだった」

「私も始めてです。ゴブリンって噂には聞いてましたけど、あんなにも非道で鬼畜なんですね……」


 三人の中央では、焚き火が炎を揺らめかせながら煙を上げていた。

 日も沈み、俺たちは平地の川の近くで野営している。

 川のせせらぎも微かではあるが、聞こえてきている。


「ミミはエルフで色んな所を旅をした……魔物で最も質が悪いのが、ゴブリンとオーク。上位に変化する前の奴らは言葉を解する程の知能もなく、ただ邪悪な魔物の本能によってのみ行動する。酷い所では村まるごとが蹂躙されてた……」


 バチバチと焚き火が、音を立てている。

 今日はミミとソーニャが、交代で寝ずの番をして魔物を警戒する予定だ。

 二人は早朝と昼間に寝れる時に寝て。

 昼間にずっと馬車を操縦していた俺は、夜に寝るという計画だった。

 俺はすでに寝転がりながら二人と話している。

 焚き火からほのかに感じる暖かみが心地いい。


「訪れるゴブリンの集落の近くの村が無事だと良いですね」

「着いたらもう解決してた、ってのが一番いいけどな」

「そうですね。それでも今回は報酬がでますもんね」


 そうソーニャが返した後、俺の意識はまどろみの中に落ちていった。



 寝落ちしたランスを確認したミミが、まずランスの横にいき――


「それじゃあ、ご主人様の体が冷めないように、ミミが添い寝を……」

「ちょっ! じゃあ私もランス様を温めて上げる」


 そして反対方向からはソーニャが入り込んだ。


「ちょっと、あなたは今は寝ずの番でしょ!」

「大丈夫、この添い寝状態だと興奮して寝れないから!」

「興奮してって、ご主人様にいかがわしいことするんじゃないわよ!」

「そっちこそ、ランス様に足りない胸を押し当てて。何、想像してのよ!」


 フォー、フォーーッ


 ギャーギャーと言い合ってる二人を他所に、フクロウの鳴き声が夜の平原に鳴り響いていた。

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