第13話 ゴブリンの討伐

 ゴブリンの集落へと至る最後の峠を超える。

 するとその眼下には、目的の村々とその周りに広がる自然が一望できた。

 ゴブリンの集落の近くにある、チレーネ村、ヤムル村、カサンバラ村をそれぞれ確認する事ができる。


 村々の北西方向には川が流れており、鳥たちの群れの休息所になっているようであった。

 夕焼けの光が川と平原を染め上げており、それはどこか神秘的にも見える光景であった。


「後もう少しだ。今日はどの村にいこうか?」

「一番近くがチレーネ村、ゴブリンの集落に一番近いのがカサンバラ村ですね」


 地図を広げながらソーニャが答える。


「とりあえず、一番近くの村に行ってみようか。もしかしたら、もう討伐済みかもしれないし」

「そうですね」


 二人は特に異論はなさそうなので、チレーネ村に行ってみる事にする。

 俺は峠の下りを、注意深く馬車を走らせた。




「帰れ! 帰れ! 冒険者はこの村にはいらん!」

「こ、これは一体……」


 チレーネ村に着き、俺たちが冒険者である事を、告げると村人の態度が一変した。

 村人全員が明らかな敵意の目を、俺たちに向けている。


「ど、どういう事だろう。これは?」

「ミミ、分からない。村の人たちなんで怒ってる?」

「何かあったのでしょうか?」


 このままここでじっとしていたら、石でも投げられそうな雰囲気だ。


「旅のお人よ」


 そこへ、杖をついた老人の長老らしき人物が現れた。


「あなた方は冒険者で、ゴブリンの討伐にやってきたという事でよいかね」

「はい、そうです」

「なるほど。つい二日前にも、この先のカサンバラ村に冒険者パーティーが現れおった。随分と態度が悪い輩じゃったそうじゃ。そいつらはゴブリンの討伐にでかけ、戻ってきた時はゴブリンの討伐に成功したと言った。しかし、それは嘘でその後、カサンバラ村はゴブリンの襲撃によって壊滅する事となる」

「………………」


 衝撃の事実だった。俺たちは驚きで何も言えない。


「なぜゴブリンの討伐に成功したと嘘をついたのか? 冒険者パーティーは、その時すぐに逃げ出しておる。自分たちが逃げる為に、村の人間を犠牲にしたとしか思えん。先のヤムル村もそろそろ危ない。我々はこの村を捨てて、王都に討伐の懇願に向かうつもりじゃ」

「ですがゴブリンは男はすぐに殺しますが、女は慰め者にします。カサンバラ村の生き残っている人たちは、まだいるのでは?」

「そうかもしれんが、ゴブリンたちの頭目はゴブリンキングだそうじゃ。わしら村民に何ができる?」


 俺はミミとソーニャに目で確認を行う。

 想定外の事態だが、二人とも無言で頷いて同意してくれた。


「雨風が凌げればいいので、今日だけどこか宿を貸してください。討伐できるか分かりませんが、明日囚われている人たちを、助け出せるかできるだけやってみます」


 長老の男は不承不承、といった感じで同意してくれた。

 件の冒険者たちが、よっぽど悪い印象を残したのだろう。

 まあ彼らがやった事は、鬼畜以外の何者でもないが。



「ゴブリンキングか。Sランクだな。初めての強敵だ」


 村は暖炉が一つあるボロ小屋を貸し与えてくれた。

 隙間風が入るような雑な作りだが、暖炉があるお陰で寒くはない。


「ミミもSランク初めて」

「私もです」


 どうやらSランクとやり合った人間は、このパーティーにはいないらしい。

 Sランク以上は人間でも魔物でも人外の者だ。


「ご主人様、怖くない?」

「怖くないと言ったら嘘になるけど。不思議なんだけど、俺、同時にワクワクもしてる」


 Sランク相手に、果たして、自分の力がどこまで通じるのか。

 だがまずは優先すべきは、生き残りの村人たちの救出だ。


「ソーニャって、アサシン教団で隠密スキルは習ったの?」

「あ、はい、習ってます。そうか、それが助け出すのに役立ちますね!」


 これで一つ成功確率が上がった。

 ゴブリンキングには最悪、勝てなかったにしても、最低でも村人たちの救出は成功させたい。


「逃げ出した冒険者パーティーって、一体誰だろうな」

「鬼畜の所業。村人を見捨てて、囮にして逃げるなんて」

「明らかな犯罪行為ですわ。時が経てば然るべき処罰がされるでしょう」


 勝てない相手なら冒険者パーティーの退却は、当然の権利として認められている。

 しかし、虚偽の報告により、人死が出たとなれば話は別だ。

 件の冒険者パーティは牢屋行きだろう。


「じゃあ明日も早いし、もう寝よう」

「おやすみです」

「おやすみなさい」


 その後は小屋内にはパチパチといった、暖炉で薪が燃える音が響くのみとなった。





 翌日の早朝。

 外は少し霧がかっている。

 奇襲には好都合だった。

 村人たちには早朝には出発するから、もしゴブリンの集落から逃げ出してきた村人がいたら、助けてあげて欲しいと伝えている。


 ゴブリンの集落は、徒歩で少し歩いた所にあるらしい。

 俺たちは霧の中、ゴブリンの集落に向かって歩を進めた。



「多分、ここで間違いないだろう」


 俺たちの眼前には、盆地を囲うようにそびえる岩山、そしてその岩山をくり抜いて造られた、いくつかの横穴が広がっていた。

 ゴブリンの姿も何体か見える。


「じゃあ、ソーニャ頼む」

「それでは進みます」


 先導は隠密スキルを持つソーニャに任せる。

 事前に聞いたところでは、隠密スキルは足音を出しにくくする、気配と捉えにくくする、という効果の他に認識阻害の効果もあるようだった。


 目視で確認できるようなゴブリンのすぐ横を、ヒヤヒヤしながら通るが気づかれない。

 どんどん横穴の奥深くまで入り込んでいく。

 更に進むと、女性の一団が囚われていた。

 女性たちは一様に生気のない表情をしている。

 筆舌に尽くしがたい苦痛を味わい、既に涙も枯れた。

 というような感じに見受けられる。

 俺たちは彼女たちに近づき――


「声を出さないで。助けにきました。縛られている手足の縄を切るので、俺たちが合図をしたら一斉に逃げ出してください」


 そう言って、俺は一人ひとりの縄を切っていく。

 助けにきたという言葉を聞き、一気に希望を感じたのだろう。

 泣き出してしまう女性も居たが、声をあげるのは必死に堪えてもらう。


 そんな調子で、俺たちは他の女性たちも助けていった。

 ソーニャの隠密スキルは優秀で、道中全くゴブリンに気づかれそうになることはなかった。


 途中の少し広い空間に男性の……死体が積み上げられていた。

 死体の損傷具合から、おそらくなぶり殺されたものと思われた。

 酷い。ゴブリンどもは文字通りの鬼畜。

 いやそれ以下だ。


「もうこれで全員かな」

「そうですね。奥の横穴にある、扉の奥は目視してないので分かりませんが、人の生命反応は感じません」

「じゃあ、一斉に逃げて、と叫ぼう。じゃあ、いっせいの」

「「「逃げてー!!!」」」


 俺たちのその声で、一斉に女性たちが走って逃げていく。

 ミミとソーニャはすぐにゴブリンとの戦闘に入り、俺も後に続こうとしたとその時――

 一人の女性が俺の足にしがみついてきた。


 どうしたんだ? 逃げないのか?

 と思っていると。


「お、ね、が、いー、ごろじでー、や、づ、らをごろじでーッ!!」


 鬼気迫る表情で俺に言ってくる。

 おそらく身近なものを殺されて、自身も陵辱を受けたのだろう。

 その悲壮とゴブリンへの憎しみとが伝わってきた。

 俺は無言で頷き。


「さあ、早く逃げて」


 と女性を退路へ導く。


 俺は剣を抜き、向かってきたゴブリンを斬って捨てる。

 次々とゴブリンは向かってくるが、ただのゴブリンは敵ではない。

 襲いかかってくるゴブリンを次々に斬って捨てていく。


 ミミもソーニャもただのゴブリンは、何体いようが問題にしていないようだ。

 次々に殲滅している。


 それぞれが10体ずつ程度殲滅した所で、奥から2体巨体のゴブリンが現れた。


「グゥギャオオオ゛ッーー!!」


 地響きがするような咆哮だ。

 人間の成人男性より、身長は1.5倍くらいはあるだろうか。

 筋肉の塊のような体つきをしており、巨大な斧を軽々と片手でかざしている。

 鎧兜に、胸当て、腰掛け、膝当てなどの軽装な鎧を、それぞれ着込んでいる。

 おそらくこいつらがゴブリンジェネラルだろう。


 それを確認するや否や、ミミとソーニャ、それぞれが躍りかかっていった。

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