第8話 アサシン教団

 ランスに抱きつくミミ。


(くそっ、なんでよりによってターゲットの護衛をランスが)


 聖女ソーニャは、今日はアサシン用の黒系の服で統一し、メガネも掛けていない。

 アサシンモードになると、目がなぜか良くなるためだった。

 少し離れた建物の屋上部分から、望遠鏡で二人を確認している。


 薬士のセネガルを、なんとか暗殺したいがランスに見つかるのは避けたい。

 ランスが、セネガルから大きく離れるタイミングはないか見計らっている。

 今は路地裏にいるが、この距離だと十分に離れているとは言い難い。

 ランスたちは、一旦セネガルの元へ戻るようだ。

 また先程の定位置に座った。

 食事は取るはずだから、チャンスがあるとしたらその時間だろうか。


 ソーニャはしばらくチャンスをじっと待つ事にした。


「先程の人、大丈夫でしたか?」

「あ、はい、もう来ることはないと思います」


 セネガルは、ちょうど訪れた客の切れ目に尋ねてきた。

 大丈夫かと問われたら、ミミに殴られて鼻血を垂れ流していたし、大丈夫ではなかった。

 だが、おそらく再度同じ人間が、因縁を付けに来る事はもうないだろう。


「よかったです、護衛をお願いしていて。私一人だったら、あのまま随分と他のお客さんの迷惑にもなったでしょうし」

「そうですね。にしても商売繁盛でいいですね」

「おかげ様で。在庫が足りるかがちょっと心配ですが」


 開店前に積み上げられていた薬が、収められていた木箱が半数近くになっていた。

 正直、実際に商いが始まる前は、こんなにも売れないだろうと思っていた。

 このままだと、セネガルが言う通りに売り切れになる可能性もあった。

 その後もポーションは順調に売れていき。

 ちょうど昼時になった頃。


 ぐぅ――

 隣のミミから、おなかの虫が聞こえてきた。


「そろそろお昼にしようか。ミミ、何食べたい? 護衛中だから、片手で食べられるような物を買ってくるよ」

「さっきの音は、ミミが出したのではなくて、たぶん……雷雲の音! えっと、ミミは――」



 ランスがセネガルの露店から遠ざかっている。

 時間的には昼時なので何か買い出し、または、ミミと別々に食事に行ったのだろうか。

 いずれにしてもチャンスだ。

 ランスが十分に離れた事を確認する。よし。

 ソーニャは建物を屋上を、飛び移りながら伝って、薬屋の屋台前の建物に辿り着くと、地上に飛び降りた。

 その後は他の紛れて薬士のセネガルに近づき、そしてダガーを抜いてその首を掻っ切ろうとしたその瞬間――



 ランスは気配探知を常時作動している。

 範囲はもちろん薬屋の露店もカバーしていた。

 今は少し離れているが不審な人物。

 例えば殺気を放ったりする人物がいればすぐに探知できる状態だ。


「ん?」

 気配探知で殺気を感じた。その瞬間――

瞬神しゅんしん


 セネガルの元へ戻り、ダガーナイフで攻撃を加えようとしている女性の手を止めた。

 その暗殺者の顔をちゃんと確認出来た時。


「え!?」

 とランスは驚く。なんで聖女のソーニャが?

 今日はメガネをかけていないようだが、そのキュートな顔と特徴があるウェーブのかかった赤髪。

 間違いないだろう。


「どうして、ソーニャが……?」

 俺がそう戸惑いながら、ソーニャに問いかけるとソーニャは突然泣き出した。


「あ゛あ゛あ゛ー、もうおばりでずー」

「知り合いかい?」

 その様を確認したセネガルから問われる。


「え、ええ、でもなんでこんな。このままじゃ他のお客さんにも迷惑になるんで、ちょっと場所を変えて聞いてきます」

 セネガルにはそう説明して、俺は先程の路地裏にソーニャを連れていった。


「それじゃあソーニャ、なんで――」

 と問いただそうとした、その瞬間。

 ソーニャは自身のダガーナイフを、自分の喉元に突き刺そうとしていた。

 俺はとっさにそれを防いでダガーナイフを取り上げる。


「だぁー! 危なかった! なんで自殺しようとしてるの?」

「もうーわたしは、おばりですー。座して死を待つよりはこうして自らの手でー」


 座して死を待つとか意味が分からない。

 俺はソーニャを落ち着かせて事情を聞いた。


 どうやら、ソーニャはアサシン教団という暗殺者集団に育てられたらしい。

 身寄りのない孤児だった所を引き取られ、暗殺者としての手ほどきを受けていたそうだ。

 2年位前に諜報任務兼、アサシンとしての隠れ蓑として聖女になったらしい。

 聖魔法に適正があったソーニャへのアサシン教団からの指示だった。


「なんで死のうとしたの?」

「暗殺失敗者は例外なく処分されます。どうせ殺されるならばと」

「……今までソーニャは、暗殺任務失敗しなかったと」

「いえ、諜報任務は今まで何件かこなしてきましたが、暗殺任務は今回が初めてです」


 なるほど。ソーニャの手がまだ汚れていない、というのは救いかもしれない。


「じゃあ、俺たちのパーティーに入るか? 刺客が来てもできるだけ守ってあげられるし。」

「いいんですか!? 是非、お願いしたいです!」

「ミミもそれでいい?」

「え? は、はい。御主人様がそうおっしゃるのなら……」

「ありがとうございます! うれしい!」


 そう言ってソーニャはランスに抱きつく。

 ミミとは違う、明らかなその巨乳の膨らみがランスの胸に押し当たる。

 例によってランスは、鼻の下を伸ばすことになる。

 その時ランスは気づいていなかったが、ソーニャがニヤリとした笑みを浮かべたのをミミは見逃さなかった。


 その後は特に刺客などはなく、問題なく依頼達成となった。


 俺はセネガルにクリスティンの事を紹介しておいた。

 今後も商売を続けるならできれば、有力な貴族の後ろ盾があった方がいいだろう。

 公爵の後ろ盾があれば、それだけでも心強いし、抑止力もあるはずだった。




 ソーニャがパーティーに加わり、皆で宿に泊まったその日の晩の事。


 ソーニャは抜き足差し足で、そろりそろりと、宿の屋根伝いを移動している。

 実は昼間の改心は嘘でまだ暗殺任務を達成しようとしている――

 ということではなかった。


 それではどういう事かというと――

 ソーニャの目の前にミミが腰に手を当て仁王立ちで立ちはだかる。


「ない胸を張って、偉そうにふんぞり返っているんじゃないわよ!」

「何がない胸を張ってよ! この、どろぼう猫! あんたの考えてる事なんて、ミミにはお見通しなのよ!」


 時は真夜中。人々はみんな、寝静まっている時間帯であった。

 満月であるためお互い夜目は聞く。


「へー、私が考えている事が分かるの?」

「分かる! だってミミも同じ事を考えているから、そう」

「「夜這いね!」」(二人同時に)


 夜這い先はもちろんランスである。


「ランス様のDTは私のもの。貧乳ババアはお呼びじゃないのよ!」

「御主人様のDTはミミのもの! しょんべん臭い小娘は引っ込んでなさい!」

「あら、でもそのしょんべん臭い小娘に、お胸のサイズ、負けてるんじゃなくて?」

「小さいのが好きな人もいるのよ!」


 ランスのDTを巡る不毛な争いが、宿屋の屋根で繰り広げられていた。


 そんな様子を一匹の野良猫が眺めている。

 しょうもない争いをしてるな、こいつら。

 とでも思っているような。

 その目はどこかしら達観しているような目をしていた。

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