第7話 薬士の護衛

「お待たせしました」


 向かい合う二人の前に喫茶店のウェイターより、それぞれコーヒーが置かれる。

 ウェイターは一礼の後、二人の前から去った。


「依頼が入ったので伝えに来た。それにしても、よもやお前がそうだとは誰も思わないだろうな」

 片方の人物はそれには何も答えず、コーヒーを口に運ぶ。


「ターゲットは薬士の男だ。優秀な薬士で最近、王都からこの街に流れてきている。そろそろこの街でも薬の販売を始めるはずだ」


 そういうと男は、似顔絵と思われる小さめの紙を差し出す。

 メガネをかけた優男がそこには描かれている。


「……薬士以外に、気をつけるべき特徴は?」

「特にない。おそらく今まで、薬士以外の仕事はしていないはずだ。特に剣術、魔術、格闘術などを習った形跡もない」

「なぜターゲットになったかは?」

「この薬士、腕がよく優秀なようだがそれが過ぎるらしい。王都で市場を壊すような安価な値段で薬の販売をし、それが王侯貴族たちの逆燐に触れたと」

「…………」


 店内の窓の外では、さまざまな人々が行き交っている。

 お互い無言でコーヒーを飲む、という時間が少し流れた。


 男は、コーヒーを飲み終えるとウェイターを呼び、席上で二人の会計を済ませる。

 そこを立ち去ろうと男が立ち上がり最後に。


「ターゲットの名前はセネガル。よろしく頼むぞソーニャ」


 そう言われると、聖女はコクリと頷いた。



 ◇



「いらっしゃいませー」

「奥さん、こちら安いよー」

「今日は新鮮なのが、入荷してますよー」


 活気あふれる露店の数々。行き交う多くの人々。

 そんな露店の一つで、特に客寄せもしていないのに、自然と客が足を止め人だかりができている露店が一つあった。


「お兄さん、このエクストラポーション、ほんとにこの値段?」

「はい、そうですよ。効能も状態異常だったら、大体効きます」

「えーこんな値段で、ほんとに効くのー?」

「効用は、他で市販されてるものより高いくらいだと思いますよ。よかったら、お試し利用もできますが」

「えーどうしよう。最近、ちょっと目がかすむんだけどー」

「よかったらお試しください」

「じゃあちょっと試してみます!」


 エクストラポーションとは、特別なポーションの事を言う。

 体力回復と別に状態異常などの回復効果を持つ。

 その回復効果は処方する薬士によって効能が違う。


 お客の女性は、お試し用の少量のエクストラポーションを飲み込んだ。


「えーうそ! もう治った!? 目のかすみがなくなった!」

「すごい! じゃあ私、これ一つください!」

「私は二つ!」

「私は五つ!」


 我先にとその薬の露店から飛ぶように薬が売れるようになった。


「すごいですねー、ご主人様」

「そうだね。でもあの値段と効用のエクストラポーションだったら売れるよなー」


 俺とミミは、その薬屋の露店の傍らの段差に腰掛け、その様子を見守っている。

 冒険者ギルドから護衛任務を請け負ったためだった。


 薬屋の店主の薬士はセネガル。

 優男でメガネを掛けて知的そうな癒やし系、といった男性だ。

 そんな彼だが薬士として優秀で、他の誰にも作れないような効用が高い薬を高効率に作る事ができた。

 貧しい農村の出身で、その村では高価な薬が買えずに亡くなっていった者も多いらしい。

 そのため、貧しい人でも買えるようにと、できるだけ安い値段で薬を売るように努めているとのこと。

 しかし、最初は王都で薬の販売していたのだが、セネガルの店の薬が独占的に売れすぎる為か、遂には王都での販売を禁止されてしまった。

 その為にこの街カラカスに流れてきた。

 最近身の回りなどで危険を感じる事も多くなったという事で、護衛任務が依頼されたという経緯だった。


「おい、兄ちゃん、誰に断って、ここで商売してんだ?」


 ガラの悪い二人組の男が、他の客を押しのけてセネガルに声を掛ける。


「領当局からは、許可は頂いてますけど?」

「いや、俺らからの許可がいるだろ! ここらはサカエドファミリーの縄張りだぞ!」


 そこまでチンピラが言った所で、俺はチンピラとセネガルの間に割り込む。


「まあまあ、話があるのでしたらあちらで伺います」

「なんだてめぇは! ガキは引っ込んでろ!」

「そうは言われても、我々も冒険者ギルドから護衛任務を承ってまして。ほらこちら請負証です」

「なるほど、痛い目にあいてえようだな。じゃあ、場所を変えるか!」


 こんな所で暴れられても店と他の客の迷惑になる。

 俺は少し離れた所の路地裏に彼らを連れ出した。


「クソガキが、謝るなら今の内だぞ。まあ謝った所で許してはやらねえがな」


 ニヤニヤと笑いながらチンピラ達は言う。

 少年の俺とミミの外見から完全に舐められているらしい。


「クソガキに、もう一人は少女か? 笑わせる組み合わせじゃねえか」

「兄貴でもあいつ耳が長いから、たぶんエルフですよ。という事は、外見は少女でも」

「ただの貧乳ババアって訳か。じゃあ言い直そう! クソガキに貧乳ババア! 謝るなら、今の内だぞ」


 ブチッ、と隣のミミから、何かが切れる音が聞こえた。


「ぶっ殺す……」


 ミミはそういうと、怒りの表情でズンズンと前につき進んでいく。


「な、なんだ、この貧乳ババア。そんなに貧乳、気にしてんのか?」


「貧乳言うな!」


 そう言って、ミミは一人の男に強烈なボディブローを加えた。

 その一撃で男の体は宙に浮きあがる。

 その様を見ていた、舎弟と思われる男は青くなって正論を言う。


「な、なんだ、ないものをないって言って、何が悪いんだ」


 ぐしゃあ。今度はミミの正拳突きが、舎弟の顔面に決まった。

 舎弟は数メートル吹っ飛び、鼻がつぶされて血が吹きでている。


「な、なんだ!? このアマ化け物か?」


 チンピラたちは出鼻をくじかれ、完全に腰がひけたようだ。


「く、くそ、覚えてやがれ!」


 そう捨て台詞を残して、チンピラたちは去っていった。


 その後、ミミを俺の方へと向き直り――


「ご主人様、怖かったー」


 と抱きついてくる。いやいや思いっきりぶちのめしてたけど。


 そしてそんな俺たちの様子を、遠目で眺めている一人の女性がいた。

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