第9話 大賢者ベイリー
カチャカチャと食器とナイフとフォークが当たる控えめな音が部屋に響いている。
それぞれに給仕がつき、飲み物のワインが減った際などにはすぐに給される。
「ところで」
最初に口火を切ったのは、カラカス地方が領主。
ジェラルド = エデンバラ。
彼は現エデンバラ国王のいとこにあたる王侯貴族である。
「サウス卿。例のゴブリン討伐は順調そうかね」
「はい、現在対応する冒険者を選定して出発した後です。早ければ来週早々には、良いお知らせを入れる事ができるかと」
「ゴブリンの討伐ですか?」
そこに疑問を投げかけるは、クリスティン = マクルーハン卿。
カラカス地方の有力者3名。
領主にサウス卿、マクルーハン卿の会食による会談が行われている所であった。
「ああ、カラカス領内の北東方向に、ゴブリンが集落を作ったようでね。ゴブリンジェネラルを頭に、100から200体くらいの集団と見積もられている」
クリスティンがまだ掴んでいない情報だった。
領主ジェラルドは王侯貴族であるため、大公と呼ばれる王都3大貴族への推薦権を持っている。
大公を狙うクリスティンに取って、覚えを良くしておきたい相手だった。
「マクルーハン卿は、領内の治安にはあまりご興味がないのでは? いや、失敬。心配を頂かなくても、私が派遣した冒険者が解決してくれると思いますが」
「手はなるべくたくさんあった方が良いでしょう。私の専属の冒険者がおりますのでそちらを派遣いたします。よろしいでしょうか? ジェラルド様」
「ああ、構わない。二人とも、よろしく頼むよ」
おそらく領主ジェラルドは、ゴブリン討伐の話題を出せばクリスティンも乗り出してくると分かっていて、わざと出したに違いなかった。
領内の2大貴族を競わせるように、ゴブリンの討伐させれればそれがベストなはずだ。
それでダメな場合はある程度の規模の領兵を派遣するか、外部から冒険者を雇ってくるしかない。
一見、和やかに見える会食。
それぞれまだ上を狙っている、サウス卿とマクルーハン卿に取っては戦いの場でもあった。
そして、それが致命的な争いにならないように都度調整する。
カラカス地方を統治するジェラルドは、一見ではそうは見せないが実は優れた領主であった。
クリスティンは、邸宅に帰ると早速ランスたちに依頼する。
報酬は金貨20枚。もし領兵を派遣するかも、と考えたら安い値段だ。
依頼ランクはA。なるべく早く着手してほしいと希望をつける。
サウス卿の冒険者たちはすでに向かっているらしいと。
最悪、依頼対象の村についた時にはすでに解決している可能性もあった。
その場合でも、必要経費と依頼金額の20%は支払うと約束した。
ランスたちは快く引き受けてくれた。
今日は馬車などの準備をして、明日早朝に早速出発するとの事。
クリスティンはランスたちに望みを託す事にした。
◇
「それでは、こちらが薬士の護衛の依頼報酬です」
「ありがとう」
受け取った金貨2枚の内、1枚をミミに渡す。
クリスティンから、次の依頼のゴブリンの討伐を受けたが、今日は馬車の手配や道中の食料確保など、明日早朝出発の準備が完了したため、冒険者ギルドに依頼達成の報酬を受け取りに来ていた。
「なんだとジジイ! もういっぺん言ってみろ!」
「若いの耳が悪いのか? だったらもう一度言ってやる。人を見かけだけで判断するんじゃないこの馬鹿どもが、と言ったんじゃ」
どうやら冒険者パーティーと。
おそらく旅の高齢魔術師のおじいさんが揉めているらしい。
ギルド内はザワザワついている。
「どうしたんですか、彼ら?」
経緯の分からない俺は、ギルド員のリースに聞く。
「冒険者パーティーの彼らが、おじいさんに対して乞食は他所でやれと。おそらくおじいさんが盲目であるのを揶揄したかと。それに対しておじいさんが言い返したという構図です」
なるほど。冒険者パーティーが悪そうだ。
今の所は止めに入る者はいなそうだった。
ギルド内の他の者たちもとりあえずは静観のかまえらしい。
「どうしてわしが乞食に見える? 目が見えぬからか?」
「盲目のじじいなんかに、冒険者の仕事なんかできるわけねえだろ」
「なら試してみるか?」
「なんだと? やめとけよじじい。俺らに敵うわけがないだろ」
その時、盲目の老魔術師の杖から光が発せられた。
杖から何かスルッとした、実体を待たない魔力の何かかが、冒険者パーティーの者たちへと注ぎ込まれた。
なんだ? 何をした?
冒険者パーティーの一人がいきなり立ち上がって、パーティーメンバーの一人に殴りかかった。
さらに冒険者パーティーの一人はいきなり泣き出した。まるで乳幼児に戻ったかのような泣き方だ。
冒険者パーティー4人の内、最後の一人は心ここにあらずでどこかをぼーと眺めている。
何が起こっているんだ?
ギルド内の他の冒険者たちも、怪訝そうにその様子を注視している。
「ご主人様、彼らに何が起こったのでしょう?」
「分からないな。なんだろう」
「おそらく、混乱魔法ですわ」
魔術の心得があるソーニャが言った。
「人に対して、しかも複数人を一度にここまできれいに混乱魔法をかけているのは、みた事がないですが……。混乱魔法の成功率は人に対しては、せいぜい20%くらいの成功率だったはずです」
という事は4人全員にかかる成功率は限りなく低い。
それがたまたまうまく成功したとは考えられない。
何者だ、あのじいさん。
何にせよ、じいさんは混乱魔法がかかった連中を面白そうに眺めてるだけ。
どこかしらで落とし所をつける必要があった。
お人好しが発動されて、俺はじいさんに話しかける。
「おい、じいさん、もう勝負あっただろ。もう混乱魔法解除してやってもいいんじゃないか?」
俺はそうじいさんに話しかけた。
するとそのじいさんは俺の事をじーっと見つめる。
なんだ? 俺に今、なんか変なもんでもついてるのか?
「……おまえ、名はなんという?」
「俺はランスだ。じいさんは?」
「わしはベイリー。大賢者ベイリーじゃ」
大賢者? ってほんとかよ?
でも実力者であるのは確かだよな……。
「両親の名は?」
「母はエレイン、父は母が知らせる前に亡くなったので分からない」
「なるほどなぁ」
俺のその答えを聞いたベイリーは、なぜかうれしそうにしている。
すると俺の傍らにいたミミが
「ヒャア!」
と素っ頓狂な声を突然上げた。
どうしたんだ、と思ったらミミは老人のベイリーに殴りかかる。
ベイリーは盲目の老人にもかかわらず、それを器用によけていた。
なんだベイリーは盲目だけど見えてるのか?
それよりミミは、突然どうしたんだろう。
「ミミどうしたの?」
「すけべじじいに、お尻触られた」
なるほど。
「お主らこれから、どうするんじゃ」
「ゴブリンジェネラルの討伐に明日出発するけど」
「ゴブリンジェネラルか……まあおまえ達なら、大丈夫だろう」
なんでこのじいさんは、俺たちの実力が戦っている所をみたわけでもないのに分かるんだ?
「おまえたちとは、また会う事になるじゃろうて」
そう言って老賢者は、その場を去っていった。
去り際に、冒険者パーティーにかけた混乱魔法は解いたようだった。
かけられた冒険者パーティーは、何が起こったかとぼうぜんとしている。
これが俺たちと大賢者ベイリーとの最初の出会いだった。
そしてまたベイリーとは、彼のその言葉通りまた会う事になる。
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